結局、誰も鬼の副長の命令には逆らえなかった。
翌朝になり、雪は撤退の準備を終えた後の閑散とした奉行所を出る。
門の前に土方と沖田が並んでいて、雪は駆け足で彼らの元に向かった。
「皆さんお揃いですか?」
「ああ、後はお前だけだ」
声音は無意識の内に沈んでいた。土方もまた、視線を下げたまま呟くだけ。
昨晩の苦渋の決断の後、重症を負った近藤とその他の隊士、療養を必要とする沖田、そして土方によって命じられた雪は大坂へと向かうこととなった。
門を潜ると、すでに多くの隊士が大阪へと向かう列を作っている。その中には、担架に乗せられた近藤の姿もあった。
「雪。頼んだ」
「はい」
何が理由で目を合わせられないのか分からないが、二人の視線が交わることはなかった。
短すぎる遣り取りを終え、雪は隊列の中へと潜り込んでいく。
雪に続いて沖田も隊列に加わる。その直前に、土方は二人を呼び止めた。
「必ず、生きて合流する。それまで、持ちこたえろ」
いつから、土方はこんなにも苦しげな顔をするようになったのだろう。
芹沢暗殺を決行した日の晩、雪が辻斬りに襲われた日、池田屋事件、禁門の変、御陵衛士との対立、それ以外でも土方は時折苦しそうに表情を歪めることが増えた。
常に眉間に皺が寄っていることは変わらずとも、その根底に確かな不安が生まれているのだ。
「……帰る場所」
「何だ」
「私が帰る場所になります。だから、絶対に死なないでください」
やっと顔を上げられた。目を見ることができた。
ほんの少し勇気を出していれば、もっと早くに彼のかを見られていたらしい。だって、土方はずっと雪を見ていたから。
「死んでたまるかってんだ」
「本当です。こんなところで死んだりなんかしたら、末代まで語り続けてやりますから」
「じゃあ、生きて帰ってきた時にゃ、勇敢な鬼の副長とでも言って語ってやれ」
「それ、自分で言いますか」
微かな笑いが溢れた。たった一瞬だけだったが、土方も沖田も笑っていた。
そうして一時的ながらも別れの時がやってくる。
「行こっか、雪」
「うん」
雪の方に振り返った沖田は、荷物を抱えていた右手を握って歩き出す。
隊列の最後尾に付いて歩き出した雪は、沖田に手を引かれたまま一度だけ振り返った。
その時にはもう、土方の姿は見えなかった。
翌朝になり、雪は撤退の準備を終えた後の閑散とした奉行所を出る。
門の前に土方と沖田が並んでいて、雪は駆け足で彼らの元に向かった。
「皆さんお揃いですか?」
「ああ、後はお前だけだ」
声音は無意識の内に沈んでいた。土方もまた、視線を下げたまま呟くだけ。
昨晩の苦渋の決断の後、重症を負った近藤とその他の隊士、療養を必要とする沖田、そして土方によって命じられた雪は大坂へと向かうこととなった。
門を潜ると、すでに多くの隊士が大阪へと向かう列を作っている。その中には、担架に乗せられた近藤の姿もあった。
「雪。頼んだ」
「はい」
何が理由で目を合わせられないのか分からないが、二人の視線が交わることはなかった。
短すぎる遣り取りを終え、雪は隊列の中へと潜り込んでいく。
雪に続いて沖田も隊列に加わる。その直前に、土方は二人を呼び止めた。
「必ず、生きて合流する。それまで、持ちこたえろ」
いつから、土方はこんなにも苦しげな顔をするようになったのだろう。
芹沢暗殺を決行した日の晩、雪が辻斬りに襲われた日、池田屋事件、禁門の変、御陵衛士との対立、それ以外でも土方は時折苦しそうに表情を歪めることが増えた。
常に眉間に皺が寄っていることは変わらずとも、その根底に確かな不安が生まれているのだ。
「……帰る場所」
「何だ」
「私が帰る場所になります。だから、絶対に死なないでください」
やっと顔を上げられた。目を見ることができた。
ほんの少し勇気を出していれば、もっと早くに彼のかを見られていたらしい。だって、土方はずっと雪を見ていたから。
「死んでたまるかってんだ」
「本当です。こんなところで死んだりなんかしたら、末代まで語り続けてやりますから」
「じゃあ、生きて帰ってきた時にゃ、勇敢な鬼の副長とでも言って語ってやれ」
「それ、自分で言いますか」
微かな笑いが溢れた。たった一瞬だけだったが、土方も沖田も笑っていた。
そうして一時的ながらも別れの時がやってくる。
「行こっか、雪」
「うん」
雪の方に振り返った沖田は、荷物を抱えていた右手を握って歩き出す。
隊列の最後尾に付いて歩き出した雪は、沖田に手を引かれたまま一度だけ振り返った。
その時にはもう、土方の姿は見えなかった。



