想いと共に花と散る

 この場所に汚れていない水はない。何処から汲み取ってきたのかも分からない水が入った桶を抱えて、雪はただ広間の中を走り回った。
 水が無くなれば、集めに行かなければならない。
 広間から縁側に出て、庭へと飛び降りる。

「うわあっ!」

 早く集めて戻らなければという焦りから、庭と縁側の高さまで気が回らなかった。
 思っていたよりも高さがあったため、雪は上手く着地できずに態勢を崩して地面に転げ落ちる。
 桶に入っていた血が浮かぶ水が辺りに広がり、地面を赤黒く染めた。

「いっつ………」

 起き上がろうとした時、右足に鋭い痛みが走った。
 そのあまりの痛みに思わず声が漏れる。

『おやおや、これはまた派手にひっくり返してしまいましたね』

 こういう時に限って、思い出したくもないことを思い出してしまう。
 あの時は助けてくれる人がいた。失敗を笑って肯定してくれて、手を差し伸べてくれる人が。
 いない人のことを思い出したってどうにもならない。そう分かってはいるのに、伏見奉行所に来てからというもの、事あるごとに思い出すのは彼らのこと。

「いったぁぁぁ……。これ完全に捻ったって」

 無理矢理に立ち上がってみれば、やはり右足に痛みが走る。目を向けてみると、袴の裾から覗く足が赤く腫れていた。
 
 ────パアンッ!

 まただ。あの銃声の先に、一体何人の新選組隊士はいるのだろう。
 原田は、永倉は、斎藤は、井上は、山崎は、島田は、近藤は、土方は、今夜も無事に帰ってきてくれるのか。

「いつになれば……終わるの」

 あと何回銃声を聞けば、この戦は終わる。
 あと何人血を流せば、この戦は終わる。
 この戦に終わりはあるのか?

「医療班は何処だ!? こっちにも来てくれ!」
「もう無理だ! まだ戦える奴に包帯回せ!」

 過去の雪がこの状況を見たとして、果たして耐えられるだろうか。
 当たり前に血が流れ、怯え、怒り、死ぬ。
 
「水はまだか!」
「すぐに持っていきま────」

 バシャン────。

「あれ……?」

 確かに掴んだはずだった。掌で持ち上げたはずだ。
 それなのに、水が入った桶はするりと雪の手から滑り落ちた。
 桶が転がる音が辺りに反響する。その音を聞き流しながら、雪はしばらくその場から動けなかった。