「雪のことも、新選組のことも……俺は、守れなかったけどさ」
沖田は一度だけ息を吐いた。吐き出した息を溜めていた肺が病に冒されているなど、未だに信じられない。
けれど、痩せて弱々しくなった姿を見ると、信じるしか無かった。
「それでも、今夜ここで平助と斬り合えたのは――……悪くない」
沖田の言葉に、藤堂は口角を引き攣らせて笑った。
「奇遇だな。俺もだ」
次の瞬間、藤堂が踏み込み、全身の力を最後の一太刀に込める。
沖田は、逃げなかった。
刃が交錯し、衝撃が走る。
沖田の身体が揺れ、膝が僅かに折れる。
「……っ」
藤堂の刃は、沖田の肩口を浅く斬っていた。
だが同時に、沖田の太刀もまた藤堂の胸元に届いていた。 一瞬の静寂。
藤堂は、自分の身体が冷えていくのを感じた。
力が抜ける。視界が滲む。口の中に鉄錆の味が広がる。
「……はは。やっぱ……勝てねぇな」
沖田は刀を落とし、膝を付いた。上がる息を押し殺し、肩から血を流しながらも藤堂を見下ろす。
「平助……」
地面の上に仰向けになった藤堂は、見下ろす沖田の背後に広がる空を見上げた。
雲の切れ間から、淡い月が覗いている。
「なあ……総司」
「何」
「あいつに……雪、に…聞いといてほしいことがある」
きっとその問の答えを聞くことはできない。
それでも、知りたかった。
否、知ってほしかった。
「俺は、お前の兄貴になれたかって」
目の前が霞んで、もう沖田の姿すらよく見えない。
景色が上下反対になった頃には、もう起き上がることすらできなかった。
「分かった」
沖田には、その想いを受け取ることしかできない。
彼にできない分、その問いを伝える機会を奪った分、沖田が背負う以外に道はないのだ。
受け入れてもらえた喜びから、藤堂は力なく笑う。
「雪にさ……」
一度、言葉を切る。
血が溢れて上手く声が出せないながらも、藤堂は最後に伝えたいことを伝えることにした。
もう、伝えられなかった後に後悔はしたくないから。
「……幸せになれ、って………言っとい、て、くれ………」
沖田は、何も言えなかった。
ただ、強く頷いた。
藤堂は、それを見て満足そうに目を閉じた。
夜風が、赤い羽織を静かに揺らす。
油小路の夜は、再び静まり返る。
そこに残ったのは、勝者でも敗者でもない。
ただ、同じものを愛し、同じ時代に敗れた二人の男の終わりだった。



