想いと共に花と散る


「……伊東、先生?」

 月明かりが鈍く照らすのは、血塗れになった伊東の扇子と遺体。
 それらを見た瞬間、自分がこの場所へと誘い込まれていることに気づく。
 それでも、敢えて藤堂は油小路へと戻ることを決めた。せめて最後は、後悔のない選択をしたかったからだ。

「あんたを残して……逃げられるかってんだ」

 背後で空を切る刃の音が鳴った。
 振り返れば、宵闇にやけに貧弱な人影が揺れている。

「安静にしとくように言われてんじゃねぇのか?」
「逆に、たまの散歩はするように言われているんだよ。ずっと部屋にいちゃあ、息が詰まるしね」

 右手に刀を握ったまま、宵闇から姿を現した沖田はいつもの笑顔を浮かべた。
 もしも、こんな場所でなければ、また何でもないことで共に笑えたのだろうか。
 同じ屋根の下で剣術に励み、時に喧嘩して、笑って、酒を酌み交わして。
 もう戻ってこない日々がこんなにも眩しかったのだと、今になって気づくなど屈辱的だった。

「なあ、総司」
「何」
「変なこと聞いてもいいか?」
「……ものによるね」

 背を向けたまま、夜空を見上げた藤堂はぽつりと呟くように言う。

「お前、雪のこと好きだろ」

 ひゅううと音を立てて、強い夜風が二人の間に吹きすさんだ。
 赤い御陵衛士の羽織と浅葱色の羽織の裾が大きく膨らむ。その下に隠れていた二本の刀が顕になり、次の瞬間には互いに打刀を抜いていた。

「……いきなり何を言い出すのさ」
「別に。ただ、お前が宿敵かーって思うと勝てねぇ気がしてさ」
「は?」

 素っ頓狂な沖田の声が辺りに響き渡った。
 ようやく身体ごと振り返った藤堂は、いたずらが成功した子供のように屈託のない笑顔を見せる。
 この瞬間だけは、御陵衛士ではなくかつて試衛館で剣術に励んだ藤堂平助がいた。

「平助……まさかお前」
「何だよ、今更気づいたのか? 俺、雪のことめちゃくちゃ好き」
「……っ………そ、っか」

 刀の柄を折らんばかりに強く握る。
 強く噛み締めた歯が痛みを発しても、沖田は藤堂から目を逸らさなかった。

「俺さ、雪と夏祭りに行ったんだよ」
「知ってる。抜け駆けしやがってって思った」
「抜け駆けしたんだよ。どうせ勝てねぇなら、一回くらい我儘言ってもいいかなって」
「そう」
「でさー、二人ですっげぇ綺麗な花火を見たんだよ。んで、俺そん時に言ったんだ」

 時間が経つのは早い。気が付けば、楽しかった思い出は過去のものになってしまっている。