想いと共に花と散る

 嫌でもそのことが理解できるから、藤堂は行き場のない怒りを拳を握ることで発散しようとした。
 指が白くなるほど力を込める。それでも、何一つ変わらない。
 怒りは消えず、焦りも鎮まらない。
 ただ、胸の奥に溜まっていくのは、どうしようもないやるせなさだけだった。
 気を抜くと、勝手に浮かんでくる。
 新撰組の屯所で過ごした日々の風景。
 厨に漂っていた湯気の匂い。
 他愛のない会話に混じる笑い声。
 剣を交え、酒を酌み交わし、疑うことすら知らなかった時間。
 あの頃は、正しさなんて考えなくてもよかった。

「……俺は」

 声にしようとした瞬間、喉がひくりと引き攣れた。
 酷く渇いている。唇を動かすたび、皮膚が張り付く感覚がする。
 言葉を選ぶ以前に、声の出し方そのものを忘れてしまったようだった。

「俺は、あそこが間違ってるとも、正しいとも……」

 最後まで言い切れなかった。
 ふさわしい言葉が見つけられなくて、逃げるように視線を落とす。

「曖昧ね」

 伊東の言葉が、容赦なく落ちてくる。

「けれど、時代は曖昧な者ほど置き去りにするわ」

 静かな断言だった。
 感情を交えない分だけ、その言葉は冷たく鋭い。

「君は選んだはずよ。新撰組を離れ、御陵衛士に身を置いた。その時点で、もう戻る道はなかったのよ」

 藤堂はゆっくりと目を伏せた。
 反論は、最初から喉元にすら上がらない。
 分かっている。誰よりも、自分が一番よく分かっている。
 戻れないと理解していながら、未だに心だけが取り残されていることを。

「……分かってる」

 沈黙の後、ようやく零れた声は、驚くほど掠れていた。

「俺が選んだ。だから……ここにいる」

 それは、納得ではない。
 諦めに近い肯定だった。

「それでいいわ」

 伊東は満足そうに頷く。

「ならば、余計な情は捨てた方がいい。情は、人を弱くする」

 その言葉に、藤堂は小さく息を吐いた。

「……伊東さんらしい」

 自嘲気味な笑いが、口元に浮かぶ。

「誉め言葉として受け取ろうかしらね」

 一瞬、場に微かな笑いが落ちる。だが、藤堂だけは笑えなかった。
 会合が終わり、人が散っていく。
 藤堂は一人、夜の外気に身を晒した。
 夜風が、やけに冷たい。深く息を吸い込むと、肺の奥が痛んだ。

(……もう、戻れねぇんだな)

 何度も、何度も自分の心に言い聞かせる。現実を知らしめるように、選んだ道を見失わないように。
 自分が望んだはずなのに、それでも胸のざらつきは消えなかった。

(覚悟、か)

 伊東の言葉が、頭の中で反芻される。

(腹を括るしかねぇんだよな)

 遠くで、犬が吠えた。その声が、妙に現実味を伴って胸に響く。
 その時だった。
 言葉に出来ない気配が、背筋をなぞる。

(……新撰組)

 理由はない。ただ、確信だけがあった。
 藤堂は、闇の奥へと視線を向ける。

「……来るなら、来いよ」

 小さく呟いた声は、夜に溶けていく。
 それが誰に向けられた言葉なのか、藤堂自身にも分からなかった。
 だが一つだけ、はっきりしている。
 この先に待つ答えは、言葉ではなく剣でしか確かめられないのだ。