想いと共に花と散る

 御陵衛士の屯所には、昼間とは別の顔があった。
 夜になると、壁や柱に染みついた沈黙が一斉に息を吹き返すようだ。
 灯明の火が揺れるたび、男達の影が伸び、歪み、また縮む。

「……さて」

 静けさを破ったのは、伊東だった。
 扇子を畳に置き、ゆっくりと視線を巡らせる。

「大政奉還によって、時代は大きく動いた。いえ、動かされた、と言うべきかしら」

 伊東の言葉に誰も口を挟まない。
 閉じられた扇子が畳の上を滑る様を黙って見ているだけ。
 伊東の話は、いつもそうだ。反論を許さない流れで、聞く者を絡め取っていく。

「幕府は権力を返上し、新撰組の存在意義は失われつつあるわ。にもかかわらず、あの連中はまだ“剣”で時代を押さえ込もうとしているの」
「……だから、近藤さんを?」

 藤堂の声は、思った以上に低く響いた。
 自分で望んでここまで来たというのに、いつも何処かで迷いがある。それが未練なのか何なのか、藤堂には分かりたくもない。
 微かな笑みを浮かべる伊東は、怯えとも取れる青ざめた表情を浮かべる藤堂を見た。
 真っ直ぐに、逃がさないとでも言いたげな鋭い視線だ。

「障害になるものは、排除する。それだけの話よ」
「排除、って……」
「殺しとでも言えば分かりやすいかしら」

 言葉が、喉の奥で詰まった。
 伊東の声音は静かだったが、その一つ一つが刃のように胸へ刺さる。

「未来、というのはね」

 閉じたままの扇子を握った伊東は、表情を変えずに淡々と続ける。

「感情や義理で守られるものじゃないの。流れを読み、不要なものを切り捨てた先にしか、生き残る道はない」

 藤堂は唇を噛み締め、ただ何も言い返せないやるせなさに苛まれる。
 反論したい気持ちは確かにあった。だが、言葉にしようとするたび、脳裏に浮かぶのは新撰組の光景ばかり。
 些細な疑念で刃を向けられた者達。
 仲間であるはずの相手を、法度の名の下に斬り捨てる姿。
 正しさを疑うことすら許されない空気。

(……否定できねぇ)

 どれも間近で見てきた新撰組の有り様だからこそ、言い返すことも覆すこともできない。
 試衛館が台から彼らと共に生き、壬生浪士組として御所の警護の仕事を成し遂げ、新撰組の名を得てここまで突っ走ってきた。
 全ては彼らと共にあることを望んだからこそ。
 自分自身で選び、自分自身が望んだ道を進んできた結果が今を作っている。