想いと共に花と散る

 大政奉還――その報せは、京の町を静かに確実に揺らしていた。
 徳川が政を返した。たったそれだけの事実が、長く続いた均衡を音もなく崩していく。
 町人達は噂話に声を潜め、武家屋敷では灯りが遅くまで消えなかった。
 刀の時代が終わるのか、それとも、これからが本当の始まりなのか。
 誰も答えを持たないまま、時代だけが先へ進んでいく。
 西本願寺の屯所もまた、表向きは変わらぬ日常を装いながらも確実に緊張を孕んでいた。
 稽古の音は響いている。詰所には人もいる。
 それでも、何処か空気が張り詰めていた。
 何かが起きる。誰も口にはしないが、全員がそれを感じ取っていたのだ。







 その日の夕刻。静まり返っていた屯所が、不意に騒がしい足音に包まれた。

「斎藤一、戻りました」

 その名が告げられた瞬間、屯所の空気が変わる。
 土方は筆を置き、近藤は顔を上げた。部屋の入口に視線を向ければ、静かに開けられた障子の向こうから斎藤が顔を出す。
 斎藤一は、御陵衛士に間者として潜り込んでいた。御陵衛士が新撰組から離脱した日から今まで、ずっと伊東達の動きを探っていたのだ。
 旅装の斎藤は、余計な言葉を一切持たずに頭を下げる。
 その表情は、いつもと変わらない。だが、纏う気配だけが僅かに硬かった。

「……報告があります」

 短い一言だった。だが、それだけで全てを悟るのには十分だ。
 幹部が集められ、障子が閉められる。
 外の気配が遮断された瞬間、斎藤は淡々と語り始めた。

「伊東甲子太郎を筆頭とする御陵衛士は、薩摩と通じています」

 誰かが息を呑んだ音がした。その事実がどれだけの大事であるのか、この場に理解できない者などいない。
 戸惑いと驚き、怒りを露わにする面々の中、土方だけは淡々とした調子を崩さなかった。

「続けろ」
「新撰組を内部から削ぐ算段です。近藤局長の暗殺計画も含まれている」

 その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が凍りついた。
 冗談でも、誇張でもない。
 斎藤の口から出る言葉は、常に事実だけだ。
 しばらく黙っていた近藤が、やがて静かに問い返す。

「……確かなのか」
「間違いありません」

 正義も、理想も、もはや関係ない。
 新撰組は、組織として狙われている。その事実だけで、判断を下すには十分である。

「――……御陵衛士を、放ってはおけねぇな」

 誰も反対しなかった。否、反論の余地など最初から存在しない。
 こうして、歯車は噛み合った。一度動き出したそれは、もう止まらない。
 誰が生き残り、誰が消えるのか。
 誰が刃を振るい、誰が倒れるのか。
 その答えは、まだ誰も知らない。
 ただ一つだけ、確かなことがあった。
 この夜を境に、新撰組と御陵衛士の関係は、決定的に断たれたということ。
 そして、血を流さずに終わる未来は、すでに失われていた。