想いと共に花と散る

 けれど、歩調を速めたところで胸の奥のざわつきが消えるわけではない。
 それどころか、足を動かせば動かすほどに、思考だけが取り残されていく。
 通り沿いの店先から、焼き物の匂いが流れてくる。
 行き交う町人の笑い声。子供のはしゃぐ声。平穏な京の昼下がり。
 それら全てが、藤堂には現実味を欠いて見えた。

(……俺、何やってんだ)

 思わず、心の中で呟く。
 だが、その問いに答えは出ている。
 御陵衛士として、伊東の隣を歩いている。それが、今の自分の立場だ。
 新選組の藤堂平助は、もういない。
 そう言い聞かせるたびに、胸の奥が軋む。
 まるで、無理やり別の形に押し込められているような感覚だった。

「藤堂君」

 再び伊東が声を掛ける。今度は穏やかで、何処か探るような響きがあった。

「辛そうな顔をしているわね」

 藤堂は、反射的に笑おうとした。だが、口元がうまく動かない。
 引き攣った口角を上げたまま、到底笑顔とは言えない表情のまま呟く。

「そんなこと……」

 否定しかけて、言葉を切った。
 下手な嘘を吐いても、伊東には見抜かれる気がしたからだ。
 だから、言葉を変えて答える。

「……少し、考え事を」
「そう」

 伊東はそれ以上追及しなかった。
 だが、その沈黙が、返って藤堂の胸を締め付ける。
 自分は、伊東に拾われた。その事実に、疑いはない。
 新選組のやり方に疑問を抱き始めていた時、迷いを抱えたまま立ち止まっていた時、手を差し伸べてきたのは伊東だった
 だから、付いて来た。
 だから、この道を選んだ。
 それなのに、どうして立ち止まりたいと、後ろを振り返りたいと思うのだろう。

(……置いてきたものが、重すぎんだよ)

 ふとした時に思い出すのは、いつだって雪の姿だった。ぼやけた雪の姿が、また脳裏に浮かぶ。
 視線が一瞬だけ重なった、あの刹那。
 責めるようでもなく、引き留めるでもなく。
 ただ、揺れただけの瞳。
 あの目が、何よりも辛かった。
 もし、泣いてくれたなら。
 怒ってくれたなら。
 縋ってくれたなら。
 きっと、こんなにも後を引かなかった。
 だが雪は、何も言わなかった。否、藤堂がそうであったように、何も言えなかったのかもしれない。
 それが、藤堂には分かってしまう。

(……ずるいんだよなぁ。本当)

 心の中で、誰に向けるでもなく吐き捨てる。
 自分が選んだくせに、残された側の沈黙に耐えられない。それが屈辱だった。
 いつの間にか先にいた伊東が歩みを止め、振り返る。

「そろそろ合流地点よ」

 藤堂はその言葉にはっとして顔を上げ、周囲を見回す。
 いつの間にか、人通りの多い通りから外れていた。

「……うす」

 短く答え、息を整える。
 ここから先は、御陵衛士としての務めだ。感情を引きずる場所ではない。
 そう自分に言い聞かせ、背筋を伸ばす。
 それでも、心の何処かでは分かっていた。
 今日見てしまったあの背中と、あの視線は、きっとこの先、何度も自分を追いかけてくる。
 そして、その度に思うのだ。
 あの場所に戻らなかった選択は、本当に正しかったのか、と。
 藤堂は、答えを探すことをやめた。
 探したところで、もう戻れない。
 ただ前を見るしかない。たとえその先が、どんな結末に繋がっていようとも。