先に気づいたのは、藤堂の方だった。
人混みの向こうに、新選組の羽織が見えた瞬間、胸の奥がひくりと跳ねる。
その中に、一段と小さい華奢な影が混じっているのが分かった。
(……雪)
間違えるはずがなかった。
歩き方も、周囲を見る癖も、ほんの少し伏せがちな視線も。
声を掛けようとして、藤堂は足を止めかける。だが次の瞬間、その衝動を強く押し殺した。
話す理由が、もう無い。
新選組を離れたのは、自分だ。
そして雪は、あの場所に残った。
選んだ道が違う以上、気軽に声を掛けることなど出来るはずもなかった。
一瞬だけ、視線が重なる。
雪の目が、わずかに揺れたのを藤堂は見逃さなかった。
(……気づいたか)
それでも、藤堂は何も言わない。
ただ視線を逸らし、歩き出す。背中に刺さるような感覚を無視して。
「藤堂君、どうしの」
隣を歩いていた伊東が、不思議そうに声を掛けた。
扇子で隠れた口元は見えないが、細められた目からは微かな慈愛が感じられる。
そんな見透かすような目から顔を背け、藤堂は吐き捨てるように言った。
「いや……何でもないっす」
反射的に答えた声は、思ったよりも固かった。
伊東は一瞬だけ藤堂の顔を見てから、軽く笑う。
「市中見回りね。新選組も、相変わらず忙しそうだこと」
その言い方には、何処か距離があった。
同じ羽織を着ていても、心の歩幅が揃っていないのが分かる。
「……そうですね」
藤堂は、それ以上何も言えなかった。
伊東は新選組を嫌っているわけではない。だが、決定的に信じていない。
それを理解しているからこそ、藤堂は余計な言葉を挟めずにいた。
「君は、まだ向こうに知り合いが多いんでしょう」
伊東が、ふと真面目な声で言った。
その言葉の意味がよく分からず、藤堂は勢いよく顔を上げた。
「未練があるなら、今のうちに切っておいた方がいいのではなくって」
胸の奥を、鈍く突かれた気がした。
「……未練、ですか」
「戦いは感情でやるものじゃない。情は、足元を掬うわよ」
伊東の言葉は、正論だった。藤堂の心を壊すのには十分すぎるほど正しい。
だからこそ、藤堂は笑えなかった。
未練が無いと言えば嘘になる。だが、それを口にすることは、自分の選択を否定することになる。
「……分かってます」
藤堂は、短く答えるだけだった。
伊東はそれ以上踏み込まず、再び前を向く。その背中を見つめながら、藤堂は思う。
(分かってる……分かってっけど)
雪の姿が、脳裏から離れない。
厨で交わした何気ない会話。
笑い合った日々。
夏祭りで見た無邪気な笑顔。本心。
何も疑わず、同じ場所に立っていた時間。それらを全部、過去にしたのは自分だ。
もう、声を掛ける資格はない。
藤堂はぎゅっと拳を握り、歩く速度を少しだけ速めた。
背後で、新選組の気配が完全に遠ざかるまで、振り返らなかった。
人混みの向こうに、新選組の羽織が見えた瞬間、胸の奥がひくりと跳ねる。
その中に、一段と小さい華奢な影が混じっているのが分かった。
(……雪)
間違えるはずがなかった。
歩き方も、周囲を見る癖も、ほんの少し伏せがちな視線も。
声を掛けようとして、藤堂は足を止めかける。だが次の瞬間、その衝動を強く押し殺した。
話す理由が、もう無い。
新選組を離れたのは、自分だ。
そして雪は、あの場所に残った。
選んだ道が違う以上、気軽に声を掛けることなど出来るはずもなかった。
一瞬だけ、視線が重なる。
雪の目が、わずかに揺れたのを藤堂は見逃さなかった。
(……気づいたか)
それでも、藤堂は何も言わない。
ただ視線を逸らし、歩き出す。背中に刺さるような感覚を無視して。
「藤堂君、どうしの」
隣を歩いていた伊東が、不思議そうに声を掛けた。
扇子で隠れた口元は見えないが、細められた目からは微かな慈愛が感じられる。
そんな見透かすような目から顔を背け、藤堂は吐き捨てるように言った。
「いや……何でもないっす」
反射的に答えた声は、思ったよりも固かった。
伊東は一瞬だけ藤堂の顔を見てから、軽く笑う。
「市中見回りね。新選組も、相変わらず忙しそうだこと」
その言い方には、何処か距離があった。
同じ羽織を着ていても、心の歩幅が揃っていないのが分かる。
「……そうですね」
藤堂は、それ以上何も言えなかった。
伊東は新選組を嫌っているわけではない。だが、決定的に信じていない。
それを理解しているからこそ、藤堂は余計な言葉を挟めずにいた。
「君は、まだ向こうに知り合いが多いんでしょう」
伊東が、ふと真面目な声で言った。
その言葉の意味がよく分からず、藤堂は勢いよく顔を上げた。
「未練があるなら、今のうちに切っておいた方がいいのではなくって」
胸の奥を、鈍く突かれた気がした。
「……未練、ですか」
「戦いは感情でやるものじゃない。情は、足元を掬うわよ」
伊東の言葉は、正論だった。藤堂の心を壊すのには十分すぎるほど正しい。
だからこそ、藤堂は笑えなかった。
未練が無いと言えば嘘になる。だが、それを口にすることは、自分の選択を否定することになる。
「……分かってます」
藤堂は、短く答えるだけだった。
伊東はそれ以上踏み込まず、再び前を向く。その背中を見つめながら、藤堂は思う。
(分かってる……分かってっけど)
雪の姿が、脳裏から離れない。
厨で交わした何気ない会話。
笑い合った日々。
夏祭りで見た無邪気な笑顔。本心。
何も疑わず、同じ場所に立っていた時間。それらを全部、過去にしたのは自分だ。
もう、声を掛ける資格はない。
藤堂はぎゅっと拳を握り、歩く速度を少しだけ速めた。
背後で、新選組の気配が完全に遠ざかるまで、振り返らなかった。



