想いと共に花と散る

 ほんの少し身体が軽くなった気がして、雪は一歩大きく踏み出すと二人の背後に付いた。
 一行は路地を抜け、大通りへ戻ろうとする。
 と、その時、ふいに雪の足が止まった。それは、偶然というにはあまりに出来すぎていた。
 人の流れの向こう側に、懐かしい背中が見えた気がした。

(……平助君)

 名前を呼びそうになって、雪は息を呑む。到底、その姿を見ると以前と変わらず名を呼べるはずがなかった。
 視線の先にいる藤堂は、御陵衛士の羽織を纏っていた。
 以前と変わらない歩き方。少し早足で、落ち着きなく周囲を見渡す癖もそのままだ。
 けれど、彼はもう浅葱色の羽織を羽織ることはない。新撰組八番隊組長は、もう何処にもいないのだ。
 何をするでもなく彼を診ていると、ほんの一瞬だけ視線が合った。
 藤堂の目が、僅かに見開かれる。驚きと、躊躇と、言葉にできない何かが交錯する。

「……」

 声は出なかった。
 雪だけでなく、藤堂も同じだった。
 彼は一歩踏み出しかけて、止まる。そのまま視線を逸らし、何事もなかったかのように歩き出した。
 背中だけが、遠ざかっていく。

「雪?」

 原田の声で、現実に引き戻される。
 視線を彼らに戻すと、目の前には浅葱色が広がっていた。

「あ……すみません」

 雪は、原田に向けていた視線をもう一度藤堂の方へ向ける。
 いつの間にか、藤堂が消えた方向から目を離せずにいた。
 追いかけたい気持ちと、追ってはいけないという理性が、胸の中でぶつかる。

(話したら……何を言えばいいの?)

 元気?
 どうしてる?
 戻ってきて。
 どれも、今の立場では口にできない言葉だった。
 藤堂は、もう新選組の隊士ではない。
 そして雪は、新選組に残る側を選んだ。
 たったそれだけの違いが、二人の距離を決定的に隔てていた。

「……誰かいたのか?」

 原田が、低い声で的を得た問を口にした。
 あまりの的確さに、雪は思わず正直に答えそうになる。けれど、直前で口を噤んで言葉を濁した。

「……いえ」

 言えるはずがない。きっと、原田が雪の立場であれば同じ選択をするはずだ。
 声を掛けないことが彼のためでもある。
 互いに互いを拒むから、目指す道を真っ直ぐと進めるのだ。

「じゃあ、行くか」

 原田はそれ以上何も言わなかった。
 慰めることも、責めることもせず、ただ歩き出す。
 雪は最後にもう一度だけ、振り返った。
 藤堂の姿は、もう人混みに紛れて見えなかった。
 胸の奥に、ぽっかりと穴が開いたような感覚だけが残る。
 再会だったはずなのに、別れ直したような気分だった。