想いと共に花と散る

 朝の京は、思ったよりも静かだった。
 市が立つ通りから少し離れるだけで、人の気配は薄れる。軒先を掃く音や桶に水を汲む音が、遠くに響く程度だ。
 原田と永倉を筆頭にした一行、その少し後ろを雪は歩く。
 三人の足音が揃わず、石畳の上で微妙にずれて重なっていた。

「妙に大人しいな」

 周囲を見渡しながら永倉が零した言葉が、辺りの空気に溶けて消える。
 その一言を聞いた雪と原田の表情は、一段と暗いものになった。

「朝だしな。これからだろ」
「それにしては、空気が重くはないか?」

 原田は冗談めかして笑うが、目は真剣に通りを追っていた。
 雪もまた、無意識の内に町の様子を観察する。
 表向きは何も変わっていない。八百屋の主人はいつも通り声を張り、子供達は母親に手を引かれて歩いている。
 けれど、何処かで視線を感じることが増えた気がした。
 通りすがりに、ひそひそと囁き合う声が聞こえる。

「……新選組だ」
「この前、分かれたって本当か?」

 雪の耳に、断片的な言葉が届いた。
 それが自分達のことだと理解するまで、少し時間が掛かる。
 そして、理解した瞬間に雪の胸には得も言われぬ不安が湧き上がった。

(もう、噂になってる……)

 御陵衛士の結成により、伊東達が新選組を離れたこと。
 決して事実とは異なる噂が流れていようと、町の人々から知れ見れば決別したようにしか見えない。
 隊の中だけの話では、もう済まされない段階に入っているのだ。

「気にすんな」

 前を歩いていた原田が、振り返らずに言った。
 優しくも芯のあるその声に、雪の肩からは力が抜ける。

「言わせときゃいい。俺達は、俺達の仕事をするだけだ」

 その言葉に、雪は小さく頷いた。
 市中見回りは、治安を守るためのものだ。けれど同時に、新選組がまだここに在ることを示す行為でもある。
 町を歩く一歩一歩が、存在証明のように重かった。
 
「胸張っときゃいいじゃねぇか。お前は、あの鬼なんざ呼ばれる副長の小姓なんだからよ」
「その通りだ。お前くらいだろう。あの人の小姓が務まるのは」

 気が付けば、自分はこんなにも遠くまで来てしまっていた。
 彼らの仲間になれるのかと不安に思った日々、強くなりたいと焦ってばかりいた日々。
 そんな日々が遠い昔のように感じられて、こうして誰かに仲間だと認められることが当たり前になっていた。
 けれど、面と向かって仲間であると証明されると、当たり前ではないのだと思い知る。
 失ったものは多い。それと同時に、得られたものもたくさんあったのだ。

「……はい」

 だから、信じる心を与えてくれた彼らだったからこそ、付いて行きたいと思えたのだ。