想いと共に花と散る

 廊下の曲がり角を越えた時、ふいに背後から声がした。

「何してるんだ、こんな所で突っ立って」

 聞き慣れた、少し大きな声。誰のものであるかはすぐに見当がつく。
 雪は、はっとして振り返った。

「原田さん」

 廊下の向こうに立っていたのは、腕を組んだ原田だった。
 いつもと変わらない、快活な表情。
 それが逆に、胸に刺さる。

「配膳も終わったのに、姿が見えねぇから探してたんだ」
「……すみません。ちょっと、考え事を」
「考え事、ねぇ」

 原田は雪の顔を一瞥すると、深くは追及しなかった。
 代わりに、軽く頭を掻いて言う。

「ちょうど良かった。これから市中の見回りだ。一緒に来い」
「え、私もですか?」
「おう。新八も一緒だし、人手は多い方がいい」

 有無を言わせぬ口調だが、その裏にある気遣いを雪は感じ取っていた。

「外の空気でも吸いたい、って顔してるぞ」

 原田はそう言って、にっと歯を見せて笑う。
 責めるでも、慰めるでもない。ただ、不安から引き摺り出すような優しさを見せるだけだった。

「……はい」

 雪は小さく頷き、原田の後を追った。
 屯所の門を出ると、朝の京の空気が肌に触れた。まだ人通りは少なく、店の暖簾も半分ほどしか上がっていない。
 石畳を踏みしめる音が、やけに大きく響く。

「……静かですね」

 思わず零れた言葉に、原田は肩越しに振り返った。

「そうか? いつも通りだろ」

 いつも通り。その言葉に、雪は小さく唇を噛む。
 町は変わっていない。京は、何も知らない顔で朝を迎えている。
 変わってしまったのは、自分達だけだ。
 見回りの途中、ふとした拍子に雪は人影を探してしまう。
 人混みの中に、見覚えのある背中を探してしまう。

(……いない)

 分かっているのに、目が勝手に動いてしまう。

「雪」

 前を歩いていた原田が、急に足を止めた。
 振り返った彼は、何度が口を開けたり閉じたりする。
 そんな彼の様子を不思議に思った雪は、小首を傾げるだけだ。

「はい?」
「無理すんなよ」

 それだけだった。理由も、説明もない。
 けれど、その一言で、雪の胸が少しだけ詰まる。

「俺達はさ、前に進むしかねぇんだ。嫌でもな」
「……はい」
「だから、せめて歩けるうちは、一緒に歩こうぜ」

 原田はそれだけ言うと、また歩き出した。
 雪はその背中を見つめ、静かに息を整える。
 寂しさは、消えない。埋める方法も、見つからない。
 それでも、足を止めるわけにはいかなかった。
 こうして今日も、新選組としての一日が始まるのだから。