幹部達はそれぞれ席を立ち、ばらばらに広間を後にした。
雪もまた立ち上がり、広間から出る。けれど、行き先は決まっていない。
屯所の廊下を、覚束ない足取りでただ歩く。
足が勝手に前へ出るだけで、頭では何も考えられなかった。
(平助君、なんで………?)
名を呼ぶことすら、もう許されない気がした。
御陵衛士。その言葉が、何度も胸の奥で反響する。
分かっている。彼らは自分で選んで、出て行ったのだ。決意のもとに、新撰組を離れる結論に至った。
けれど、理解と納得は別物だった。
納得ができないまま、廊下を進む。曲がり角を一つ越えたところで、すぐ傍の障子がすっと開いた。
「……あ」
不意に顔を出したのは、沖田だった。
いつもと変わらない、何処か気の抜けた表情。その顔が、今の雪にはやけに眩しく見えた。
「どうしたの、そんな顔して。迷子?」
「……ううん」
否定しようとしても言葉が続かない。
沖田は一瞬だけ雪の表情を見て、すぐに察したように目を細めた。
「ま、いいや。ねえ」
くい、と指先で招くような仕草を見せる。
混沌とした状況下にも関わらず、沖田は普段通りの微笑みを浮かべた。
「いいものあるよ」
「……いいもの?」
「うん。とっておきのね」
その声音は、揶揄うようでいて何処か優しい。
断る理由が見つからないまま、雪は沖田のいる部屋へと足を向けた。
部屋に入ると、すぐに障子が閉められる。
「で、いいものって……」
言いかけた雪の視線が、部屋の隅に置かれている机の上で止まった。
そこには、几帳面にまとめられた和綴じの冊子が一冊だけ置かれていたのだ。
「……これ」
それに気が付いた雪が小さく零すと、沖田は得意げに不敵な笑みを浮かべた。
机の前に座り込んだ彼に習って、雪も隣りに座る。
すると、待っていたように沖田はわざとらしく肩を寄せた。必然と二人の距離は縮まる。
普段の雪であれば、戸惑って距離を取っただろう。しかし今は、その距離が心地よくて縋り付きたかった。
「豊玉俳句集。土方さんの」
その一言を聞いた瞬間、嫌な予感がした。
何かとてつもない悪巧みに巻き込まれてしまった気がする。
固まる雪をよそに、沖田は楽しげな表情を浮かべて冊子に手を伸ばした。
「……え?」
「非公式。しかも本人には内緒」
そう言って、沖田はいたずらが成功した子供の顔になる。
人差し指を唇に当てて、笑って戯けて見せた。
「偶然見つけちゃってさ。一緒に読もうよ」
その瞬間、胸の奥に溜まっていた重たいものが少しだけ揺らいだ。
偶然見つけたというのが嘘であるのは見え見えで、土方の部屋から盗んできたことは明白である。
「……総司君」
「ん?」
「……怒られるよ」
「大丈夫大丈夫。多分」
多分、の部分がやけに軽い。
沖田は手にしていた冊子を雪に差し出した。
土方の真面目な性格がその見た目に現れた冊子に目を落とし、雪は躊躇う。
かつて、沖田の提案で甘味処に寄った帰り、藤堂と三人で土方から説教を食らった。罰として八木邸の庭掃除をさせられた日のことは、今でも覚えている。
「ほら。共犯ね」
逃げ道は、最初から用意されていない。
雪は、ほんの一瞬だけ迷ってから、そっとその俳句集に手を伸ばした。
雪もまた立ち上がり、広間から出る。けれど、行き先は決まっていない。
屯所の廊下を、覚束ない足取りでただ歩く。
足が勝手に前へ出るだけで、頭では何も考えられなかった。
(平助君、なんで………?)
名を呼ぶことすら、もう許されない気がした。
御陵衛士。その言葉が、何度も胸の奥で反響する。
分かっている。彼らは自分で選んで、出て行ったのだ。決意のもとに、新撰組を離れる結論に至った。
けれど、理解と納得は別物だった。
納得ができないまま、廊下を進む。曲がり角を一つ越えたところで、すぐ傍の障子がすっと開いた。
「……あ」
不意に顔を出したのは、沖田だった。
いつもと変わらない、何処か気の抜けた表情。その顔が、今の雪にはやけに眩しく見えた。
「どうしたの、そんな顔して。迷子?」
「……ううん」
否定しようとしても言葉が続かない。
沖田は一瞬だけ雪の表情を見て、すぐに察したように目を細めた。
「ま、いいや。ねえ」
くい、と指先で招くような仕草を見せる。
混沌とした状況下にも関わらず、沖田は普段通りの微笑みを浮かべた。
「いいものあるよ」
「……いいもの?」
「うん。とっておきのね」
その声音は、揶揄うようでいて何処か優しい。
断る理由が見つからないまま、雪は沖田のいる部屋へと足を向けた。
部屋に入ると、すぐに障子が閉められる。
「で、いいものって……」
言いかけた雪の視線が、部屋の隅に置かれている机の上で止まった。
そこには、几帳面にまとめられた和綴じの冊子が一冊だけ置かれていたのだ。
「……これ」
それに気が付いた雪が小さく零すと、沖田は得意げに不敵な笑みを浮かべた。
机の前に座り込んだ彼に習って、雪も隣りに座る。
すると、待っていたように沖田はわざとらしく肩を寄せた。必然と二人の距離は縮まる。
普段の雪であれば、戸惑って距離を取っただろう。しかし今は、その距離が心地よくて縋り付きたかった。
「豊玉俳句集。土方さんの」
その一言を聞いた瞬間、嫌な予感がした。
何かとてつもない悪巧みに巻き込まれてしまった気がする。
固まる雪をよそに、沖田は楽しげな表情を浮かべて冊子に手を伸ばした。
「……え?」
「非公式。しかも本人には内緒」
そう言って、沖田はいたずらが成功した子供の顔になる。
人差し指を唇に当てて、笑って戯けて見せた。
「偶然見つけちゃってさ。一緒に読もうよ」
その瞬間、胸の奥に溜まっていた重たいものが少しだけ揺らいだ。
偶然見つけたというのが嘘であるのは見え見えで、土方の部屋から盗んできたことは明白である。
「……総司君」
「ん?」
「……怒られるよ」
「大丈夫大丈夫。多分」
多分、の部分がやけに軽い。
沖田は手にしていた冊子を雪に差し出した。
土方の真面目な性格がその見た目に現れた冊子に目を落とし、雪は躊躇う。
かつて、沖田の提案で甘味処に寄った帰り、藤堂と三人で土方から説教を食らった。罰として八木邸の庭掃除をさせられた日のことは、今でも覚えている。
「ほら。共犯ね」
逃げ道は、最初から用意されていない。
雪は、ほんの一瞬だけ迷ってから、そっとその俳句集に手を伸ばした。



