伊東が再び頭を下げると、それを合図にしたかのように、背後の隊士達が一斉に身じろぎをした。
畳を踏む音が、妙に大きく耳に残る。
雪は、俯いたままの藤堂から視線を逸らせずにいた。
その横顔は硬く、唇を噛みしめているのが分かる。
――……行ってしまう。
そう思った瞬間、藤堂がふと顔を上げた。
一瞬だけ、視線が合う。
驚いたように見開かれた瞳。そしてすぐに、何かを決意したように伏せられる。
言葉は出ない。呼び止めることも、引き留めることもできなかった。
雪は、ただ小さく息を吸い込む。それが、せめてもの別れだった。
「行くわよ」
伊東の低い声に、藤堂は一拍遅れて頷く。
その背中が、ほんの一瞬だけ躊躇うように揺れた気がした。
障子が静かに開き、外の冷たい空気が流れ込む。
朝の光が、彼らの影を畳の上に長く伸ばした。
一人、また一人と、影が消えていく。
最後に藤堂が足を止めた。
振り返ることはなかったが、肩が僅かに強張る。
そして、障子が閉まった。乾いた音が、広間に残る。
誰も動かない。誰も、追わない。
湯気を失った味噌汁の表面に、薄く膜が張り始めていた。
雪はそれを見つめながら、胸の奥に沈んでいく感覚をただ受け止めていた。しばらくの間、誰も口を開かなかった。
障子の向こうから聞こえる足音が、遠ざかっていく。
その沈黙を破ったのは原田だった。
「……っ、巫山戯やがって」
低く、吐き捨てるような声が空気に溶けて消える。
拳を強く握り締め、畳にが爪が食い込んでいた。
「守るだの、新たな役目だの……そんな綺麗事で、納得できるかよ」
怒りというより、悔しさだった。
どうしようもなく、割り切れない現実への苛立ち。
原田の言葉に、誰も同意しない。
けれど、否定できる者もいなかった。
「……」
土方は、原田を一瞥しただけで、何も言わない。
その沈黙が、かえって場の空気を張り詰めさせる。
やがて、土方はゆっくりと立ち上がった。
「各自、持ち場に戻れ。無駄話をする時間じゃねえ」
それだけ告げると、土方は近藤を見ることなく踵を返す。障子に手を掛けるその背中は、微塵も揺れなかった。
近藤もまた、何も言わない。ただ一度、深く息を吐き、無言のまま立ち上がる。
永倉が小さく舌打ちをし、原田は唇を噛みしめたまま俯いた。
雪は、誰の顔も見られずにいた。
胸の奥に溜まったものが、形を持たないまま沈んでいく。
広間には、もう朝餉の時間を告げる温もりは残っていなかった。
畳を踏む音が、妙に大きく耳に残る。
雪は、俯いたままの藤堂から視線を逸らせずにいた。
その横顔は硬く、唇を噛みしめているのが分かる。
――……行ってしまう。
そう思った瞬間、藤堂がふと顔を上げた。
一瞬だけ、視線が合う。
驚いたように見開かれた瞳。そしてすぐに、何かを決意したように伏せられる。
言葉は出ない。呼び止めることも、引き留めることもできなかった。
雪は、ただ小さく息を吸い込む。それが、せめてもの別れだった。
「行くわよ」
伊東の低い声に、藤堂は一拍遅れて頷く。
その背中が、ほんの一瞬だけ躊躇うように揺れた気がした。
障子が静かに開き、外の冷たい空気が流れ込む。
朝の光が、彼らの影を畳の上に長く伸ばした。
一人、また一人と、影が消えていく。
最後に藤堂が足を止めた。
振り返ることはなかったが、肩が僅かに強張る。
そして、障子が閉まった。乾いた音が、広間に残る。
誰も動かない。誰も、追わない。
湯気を失った味噌汁の表面に、薄く膜が張り始めていた。
雪はそれを見つめながら、胸の奥に沈んでいく感覚をただ受け止めていた。しばらくの間、誰も口を開かなかった。
障子の向こうから聞こえる足音が、遠ざかっていく。
その沈黙を破ったのは原田だった。
「……っ、巫山戯やがって」
低く、吐き捨てるような声が空気に溶けて消える。
拳を強く握り締め、畳にが爪が食い込んでいた。
「守るだの、新たな役目だの……そんな綺麗事で、納得できるかよ」
怒りというより、悔しさだった。
どうしようもなく、割り切れない現実への苛立ち。
原田の言葉に、誰も同意しない。
けれど、否定できる者もいなかった。
「……」
土方は、原田を一瞥しただけで、何も言わない。
その沈黙が、かえって場の空気を張り詰めさせる。
やがて、土方はゆっくりと立ち上がった。
「各自、持ち場に戻れ。無駄話をする時間じゃねえ」
それだけ告げると、土方は近藤を見ることなく踵を返す。障子に手を掛けるその背中は、微塵も揺れなかった。
近藤もまた、何も言わない。ただ一度、深く息を吐き、無言のまま立ち上がる。
永倉が小さく舌打ちをし、原田は唇を噛みしめたまま俯いた。
雪は、誰の顔も見られずにいた。
胸の奥に溜まったものが、形を持たないまま沈んでいく。
広間には、もう朝餉の時間を告げる温もりは残っていなかった。



