想いと共に花と散る

 近藤が何も言わないままでいることが、雪には一番堪えた。
 いつもなら、誰より先に場を和らげる言葉を口にする人だ。笑って、冗談めかして、空気を戻す。
 けれど、今の近藤は、湯気の立つ味噌汁に視線を落としたまま微動だにしない。
 その沈黙が、伊東の決意を裏付けているようで、胸の奥がひやりと冷えた。

「……そうか」

 ようやく発せられたのは、土方の低い声だった。
 怒鳴るでもなく、問いただすでもない。ただ、事実を受け取っただけの声音。

「話は、それだけか」
「はい」

 伊東は一礼し、短く答える。
 そこに迷いはなく、引き留められることを最初から想定していない態度だった。
 雪は、原田の手がぎゅっと握り締められるのを見た。
 拳の震えが、そのまま彼の感情を表している。

「……勝手だな」

 絞り出すような原田の声に、伊東は表情を変えない。

「そう思われても仕方ありません」

 きっぱりとした返答だった。
 謝罪も、弁解もない。その潔さが、返って残酷だった。
 永倉が耐えきれないように視線を逸らす。
 畳の上に落ちた箸が、まだ拾われないまま転がっているのが目に入った。
 雪は、自分が息を止めていることに気づく。
 胸が苦しいのに吐き出すことができなくて、息が荒くなっていた。

「平助君……」

 思わず零れそうになった名を雪は飲み込んだ。
 呼んでしまえば、何かが決定的に壊れてしまう気がして。
 藤堂は伊東の少し後ろに立ったまま、俯いている。
 顔は見えない。けれど、その背中がここに至るまでの迷いと葛藤を全て語っていた。
 斎藤だけが、変わらぬ静けさで二人を見ている。
 まるで、こうなることを最初から知っていたかのように。

「……隊としての扱いは、どうなる」

 再び土方が口を開く。
 感情を押し殺した、幹部としての問いだった。

「正式に、新撰組を離れます」

 伊東は、はっきりとそう言った。
 その瞬間、雪の胸の奥で何かが音を立てて崩れる。
 やっぱりと思う自分と、信じたくなかった自分が、同時に押し寄せた。
 守るため。役目のため。
 どれだけ言葉を飾っても、行き着く先は同じだ。
 別れる。その言葉が意味するのは、決定的な決別。
 近藤が、ようやく顔を上げた。
 伊東と視線が合う。その一瞬、二人の間に交わされたものが何なのか雪には分からない。

「……無事を祈る」

 それだけだった。引き留める言葉も、叱責もない。
 あまりに静かな別れの宣告に、広間の空気がさらに重く沈む。
 伊東は深く頭を下げた。

「今まで、お世話になりました」

 その言葉で、全てが確定した。
 雪は、膝の上でより強く手を握り締めた。声を出せば、泣いてしまいそうだったから。
 朝餉の時間を告げるはずだった鐘の音は、もう鳴らない。
 一日の始まりは、いつの間にか終わりの色を帯びていた。