想いと共に花と散る

 朝餉の時間を告げる声が屯所に響く頃、雪はいつも通り膳を整え、広間の隅に座っていた。
 湯気の立つ飯と味噌汁の匂い。
 本来なら一日の始まりを告げる、穏やかな時間のはずだった。
 けれど、その日は違った。
 幹部が次々と姿を現す。近藤、土方、永倉、原田。
 全員が揃わないこと自体は珍しくない。壬生浪士組時代は全員で和気藹々としていた時間も、今では義務として集まっている節がある。
 なにより変わってしまったのは、膳が並んでいる間に誰も口を開こうとしないこと。箸を取る音だけが、やけに大きく響いていた。
 雪は膳を配り終え、自分の分に手を伸ばすが喉を通らなかった。
 暗く重い空気に押し潰されそうになっていた、その時。

「失礼いたします」

 広間に響いたその一言で、空気が変わった。
 勢いよく開かれた障子の向こうには、伊東と数人の平隊士達が並んでいる。

「え……」

 思わず雪は箸を取り零した。箸が畳に転がる甲高い音が聞こえても、一度釘付けになった視線は逸らせない。

「平助、君……?」

 土方が目を伏せ、原田が小さく舌打ちをする。何も言わない近藤は、端からこの展開を知っていたからか、余裕のある態度を依然と保っている。
 誰も問い返さない。ただ、分かっている者同士の沈黙が、広間を支配する。

「皆に、伝えておくべきことがあります」

 静かな声だった。
 けれど、その場にいる全員が、背筋を伸ばす。

「我々は、この先の新選組の在り方について、考え続けてきました」

 雪は、無意識に拳を握り締めていた。
 伊東の言葉一つ一つが、慎重に選ばれているのが分かる。

「その結果――……私は、同志と共に新たな役目を担う決断をしました」

 静かに発されたその言葉が、異様なほどに冷えた部屋の中に落ちる。
 誰も何も言わない。部屋の前に立つ彼らに掛ける言葉が、何一つとして見つからなかった。
 訳が分からず戸惑う雪の傍ら、土方が静かに息を吐いた。
 視線を彼に向けると、その瞳は鋭く細められ伊東達を睨め付けている。

「御陵を守護するための隊を編成します。名を、御陵衛士」

 その言葉が落ちた瞬間、広間の空気が凍りつく。
 守る、という言葉。一見、武士としてや京の治安を守るために集まった新撰組隊士らしいきれいな言葉だ。
 けれど雪には、それが「離れる」という意味を孕んでいることが、はっきりと分かってしまった。
 視線を巡らせると、土方の表情は硬く、永倉は唇を噛みしめている。
 原田は伊東とその後ろに控えている藤堂を交互に睨み、斎藤だけが静かに成り行きを見守っていた。
 そして、近藤は――……何も言わない。