想いと共に花と散る

 ふつふつと怒りと不安が募ってくる。ここに連れて来たのは鬼なんだからそんなに拒絶しなくてもいいじゃないかという怒りと、この鬼の小姓となればこれから毎日のように彼と顔を合わせなければいけないという不安。
 何よりも、この屋敷で彼らと生活をしなければならないことが不安であった。
 しかし、そんなことを言っていても元の時代に帰る方法など分かるはずもなく、現状では大男の提案を飲むしか道はなかった。

「これは局長命令だ。いいかい、決まったことだからね」
「いや、あの……まだ私ここで暮らすとは………」
「命令だっつってんだろ。それとも何だ、命令に逆らうってのか」
「うぅ、すみません……」

 嗚呼、苦手だな、この人のこと。
 どうして彼を前にすると言葉が詰まるのかようやく分かった。
 出会ってそうそう怒鳴りつけてくるわ、女子が怪我をしていても気にする素振りを見せないわ、勝手に責め立てて勝手に怒るわ、高圧的な面が苦手なのだ。

「よし、そうと決まればまずは名乗らなくてはな。自己紹介が遅くなってしまってすまない、私は壬生浪士組、局長の近藤勇という」

 近藤勇、近藤勇って何処かで聞いたことがある。
 放課後の教室で落とした日本史の教科書に乗っていた名前、見開きのページがぼんやりと脳裏に浮かんだ。

「ほらトシ。君も」
「……土方歳三」

 もしかしなくても、自分はとんでもない時代にタイムスリップしてきてしまったようである。
 薄々気付いてはいたが、やはり鬼も日本史の教科書に乗っていた名前を口にした。歴史に疎くても聞いたことはある名前をだ。
 土方に向けていた視線をこちらに向けた近藤は、上司ではなく一人の父親のような優しさを帯びた微笑みを浮かべた。

「君の名を聞かせてもらえるか」
「ゆ、結城雪華です」
「雪華か、良き名前だ。しかし、そうだなぁ。本名で暮らすとなると色々と面倒なことに巻き込まれそうだし、ここでは違う名を名乗ってもらいたいが」

 雪華なんて名前は女々しくてこの場には相応しくないと近藤は言いたいのだろう。こんな男世帯で雪華と呼んでもみれば、風紀が乱れるのは必然的なこと。
 それに、雪華という名前は個人的にあまり好きではないから、気安く呼ばれないのはむしろありがたかった。

「雪」
「ん? トシ、何か言ったか?」
「今日からてめぇの名は雪だ。俺の小姓になるってんなら、これからは雪という男として過ごしてもらう」
「雪か……。うむ、単純だが呼びやすいしあまり本名からも離れていない。トシにしてはいい考えではないか」

 勝手に話を進めて勝手に新しい名を与えられてしまった。
 何だから土方が聞き捨てならないことをさらっと言ってのけた気がする。男として過ごす、だと。