想いと共に花と散る

 九月に入ったというのに、暑さはまだ引かずにいた。季節の変化が理解できていない蝉の鳴き声が四方八方から聞こえてくる。
 西本願寺の広間に漂う空気は、湿り気を含んで重たい。
 そんな空気をより一層重くする二人が机を挟んで向かい合っていた。近藤と伊東である。
 向かい合う二人の間には、湯気の立たない茶が置かれている。
 少し前に雪が用意した茶だ。誰も口をつけないまま、時間だけが過ぎていた。

「……第二次長州征伐についてだが」

 沈黙を打ち破ったのは、近藤の普段と変わらない穏やかな声だ。
 だが、言葉の端々に滲む疲労は隠しきれていなかった。

「幕府の判断は撤兵。結果として、我々は命を繋いだ形になる」

 伊東は扇子を膝の上に置いたまま、じっと近藤を見ていた。
 糸のように細めた目は笑っているようにも見えるが、その奥は読めない。
 ちらりとその目を見た近藤は、ふっと視線を逸らした。

「“命を繋いだ”……なるほど」

 伊東は小さく頷き、やがて口元に薄い笑みを浮かべた。

「では、これから先はどうなさるおつもりで?」

 浮かべる微笑みに比例して、その問いは柔らかい。
 だが、探るような視線を近藤に向けていた。

「これまで通りだ。新撰組は京都の治安を守る。組織を立て直し、無駄な血は流さない」

 迷いなく言ってのけた近藤の目には、確かな覚悟が宿っている。
 その言葉に、伊東はすぐには返さなかった。
 扇子の端を指先でなぞりながら、しばし沈黙する。

「……局長。今の新撰組は、“守る”だけで成り立つ段階を過ぎているとは思われませんこと」

 やがて、沈黙の中から抜け出すように口を開いた伊東は、鋭く光らせた目を近藤に向けた。
 そんな目を向けられた近藤の眉が、僅かに動く。

「どういう意味だ」
「敗戦。幕府の威信低下。諸藩の動き。時代は、もう待ってはくれません」

 苦しい現実を語る伊東の声は、感情を感じさせず淡々としていた。
 熱を帯びてはいない。だからこそ、その言葉は重く響く。
 目を伏せる近藤など気にも留めずに、伊東は続ける。

「新撰組がこの先も生き残るには、“旗”が必要ですわ。誰のために、何のために刀を振るうのか——……それを明確にすべき時かと」

 近藤はしばらく伊東を見つめ、やがて視線を落とした。

「……理屈は分かる。だが、俺はな。隊士達を守りたい。これ以上、時代に振り回されて命を落とす姿を見たくないんだ」
「優しさですわね」

 その言葉は、褒めているようにも、突き放しているようにも聞こえた。

「しかし、その優しさが——……彼らを縛る鎖になることもあるのではなくって」

 口元にだけ浮かべていた笑みを消し、伊東は近藤を下から覗き込むように見つめる。
 近藤はそんな視線を向けられてもなお、伊東から目を逸らそうとはしなかった。
 しばし見つめ合った後、先に動きを見せたのは近藤。柔らかい笑みを浮かべて問い掛けた。

「伊東君。君は、新撰組をどうしたい?」

 その問いに、伊東は一瞬だけ言葉を失った。

「……より良い形へ導きたい。ただ、それだけですわ」

 二人の間に、再び沈黙が落ちた。
 同じ組織を思いながら、同じ未来を見ているはずなのに。その視線は、決して交わらなかった。