想いと共に花と散る

 そのまま廊下を走りきり、本堂を出た頃にはすっかり空が焼けていた。
 階段を降りて境内に出ると、門の柱にもたれて何処かを見つめる藤堂の姿がある。

「平助君!」
「……ん。雪! 許可もらえたか?」
「もらえたよー! これでお祭りに行けるね!」

 西本願寺から夏祭りの会場まではさほど離れていない。
 静かな境内にいれば、遠くから太鼓や笛の音が聞こえていた。
 隣り合って町に出た二人は、人の波に流されたり抗ったりしながら会場を目指した。







 人の波を抜けた先で、景色が一変した。
 夜の帳が下りきらない空の下、無数の提灯が連なり、町を橙色に染め上げている。
 太鼓の音が腹の底に響き、笛の甲高い音がその上をなぞるように流れていた。
 屋台が並ぶ通りには、甘い砂糖の匂いと、油の弾ける香ばしさが混じり合って漂っている。

「……すご……」

 思わず零れた声は、喧騒に溶けてすぐに消えた。
 それでも、胸の奥がざわりと騒ぐ。
 人、人、人。
 笑い声、呼び込みの声、下駄の音。
 提灯の明かりに照らされた顔はどれも浮き立っていて、ここにいる誰もが、今夜だけは現実を忘れていいのだと言われているようだった。
 雪は会場の入口に足を止め、きょろきょろと辺りを見回す。
 視界に入るもの全てが新しく、目が追いつかない。

「初めて見る顔だな」

 隣から聞こえた藤堂の声に、雪ははっとして彼を見る。
 藤堂もまた、いつもの屯所にいる時とは違う表情をしていた。
 羽織も羽織袴もない、ただの若い男としてこの場所に立っている。

「……うん。なんか、別の世界みたい」
「だろ? だから祭りは好きなんだ」

 藤堂はそう言って、周囲を見渡した。

「今夜くらいはさ、目一杯楽しもうぜ!」

 その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
 刀も、役目も、立場もない場所。
 ここでは、雪は「小姓」でも「未来から来た人間」でもなかった。
 ただ、祭りを見に来た一人の年若い子供だ。
 雪は、そっと息を吸い込んだ。
 提灯の明かりと、太鼓の音と、人々の熱気が混じった空気が、肺いっぱいに広がる。
 この夜が、長く続けばいい。
 そんな願いが、胸の奥で静かに芽生えていた。