部屋の中に長い沈黙が流れる。二人の向ける視線が一変したのは言わずとも知れたことである。
「君、は……一体どのような所から来たのだね? そんなことを言わせるのは、一体何処の誰だと言うのだ」
引き攣った表情を浮かべる大男が低く押し殺した声で問う。信じられないことを聞かされたと言いたげに、その瞳には微かな怒りと驚きが滲んでいる。
「……てめぇ、何処から来やがった」
「私、は……」
恐らく、今の自分がいるのは二百年近く昔の江戸時代。当たり前のように刀を下げた人々が町をうろつき、人斬りなんて日常茶飯事の物騒な世の中だ。
しかし、自分が生まれたのは刀なんて博物館くらいでしか見られなくて、人を殺せば罪に問われるような世の中。
何処から来たと問われて、未来から来ましたなんて言えるはずもない。
「いや……やめよう。トシ、そこまでだ。それ以上責め立てるのはこの私が許さない」
「……わぁったよ。近藤さんに言われたんじゃ仕方がねぇ」
何も答えられず戸惑っていると、大男が静かに鬼を窘めて沈黙を打ち破ってくれた。
鬼は奥歯で毒虫を噛み殺したように表情を歪めた後、渋々口を慎む。一体彼は何がしたかったのか、今はまだ分かるはずもなかった。
「まずは想定外の事態になってしまったこと、怖がらせてしまったこと、トシに代わって詫びる。すまない」
「い、いえ……あの、私も大声を出してしまって、すみません」
「……ははは、先程の様子からは想像できない謙虚さだな」
先程まで漂っていた空気が一変して、大男の一言で場の空気が和んだ。
部屋に入ってきた時よりも一層優しさを帯びた笑みを浮かべる大男は、一度頷くとずっと気になっていたらしい疑問を口にする。
「何か深い事情があることは分かった。それを踏まえてお聞きするが、君、帰る場所はあるのかい?」
「え? あっ!」
突然浪士に絡まれ、殺されそうになっているところを鬼に助けられて流れるように今に至っているが、これが夢ではなく現実で江戸時代にタイムスリップしていたとしたら今の自分に帰る家などあるわけがない。
固く閉じられた障子の向こう側はとうに日が暮れ宵闇が広がっている。もし仮に帰る場所があると答えてここを出たとしても、今度こそ浪士に斬り殺されるだろう。
「もしかせずとも、ないんだね?」
「ど、どうしてそれを……」
「その身なりさ。見たことのない着物を着ているからね、異国人かとも思ったが言葉は通じるようだし」
突然襲い掛かってきた浪士も自分のことを“異国人”と言っていた。
しかし、生まれも育ちもこの日本。父と母も祖父も祖母も親族は皆日本人だ。
それなのにどうしてこの時代の人々は口を揃えて異国人なんて言ってくるのだろう。
「君、は……一体どのような所から来たのだね? そんなことを言わせるのは、一体何処の誰だと言うのだ」
引き攣った表情を浮かべる大男が低く押し殺した声で問う。信じられないことを聞かされたと言いたげに、その瞳には微かな怒りと驚きが滲んでいる。
「……てめぇ、何処から来やがった」
「私、は……」
恐らく、今の自分がいるのは二百年近く昔の江戸時代。当たり前のように刀を下げた人々が町をうろつき、人斬りなんて日常茶飯事の物騒な世の中だ。
しかし、自分が生まれたのは刀なんて博物館くらいでしか見られなくて、人を殺せば罪に問われるような世の中。
何処から来たと問われて、未来から来ましたなんて言えるはずもない。
「いや……やめよう。トシ、そこまでだ。それ以上責め立てるのはこの私が許さない」
「……わぁったよ。近藤さんに言われたんじゃ仕方がねぇ」
何も答えられず戸惑っていると、大男が静かに鬼を窘めて沈黙を打ち破ってくれた。
鬼は奥歯で毒虫を噛み殺したように表情を歪めた後、渋々口を慎む。一体彼は何がしたかったのか、今はまだ分かるはずもなかった。
「まずは想定外の事態になってしまったこと、怖がらせてしまったこと、トシに代わって詫びる。すまない」
「い、いえ……あの、私も大声を出してしまって、すみません」
「……ははは、先程の様子からは想像できない謙虚さだな」
先程まで漂っていた空気が一変して、大男の一言で場の空気が和んだ。
部屋に入ってきた時よりも一層優しさを帯びた笑みを浮かべる大男は、一度頷くとずっと気になっていたらしい疑問を口にする。
「何か深い事情があることは分かった。それを踏まえてお聞きするが、君、帰る場所はあるのかい?」
「え? あっ!」
突然浪士に絡まれ、殺されそうになっているところを鬼に助けられて流れるように今に至っているが、これが夢ではなく現実で江戸時代にタイムスリップしていたとしたら今の自分に帰る家などあるわけがない。
固く閉じられた障子の向こう側はとうに日が暮れ宵闇が広がっている。もし仮に帰る場所があると答えてここを出たとしても、今度こそ浪士に斬り殺されるだろう。
「もしかせずとも、ないんだね?」
「ど、どうしてそれを……」
「その身なりさ。見たことのない着物を着ているからね、異国人かとも思ったが言葉は通じるようだし」
突然襲い掛かってきた浪士も自分のことを“異国人”と言っていた。
しかし、生まれも育ちもこの日本。父と母も祖父も祖母も親族は皆日本人だ。
それなのにどうしてこの時代の人々は口を揃えて異国人なんて言ってくるのだろう。



