その日の朝は、やけに屯所中が騒がしかった。
包帯やら水が入った桶やらを抱えた隊士達が廊下を走り回り、あちらこちらで怒号が聞こえた。
あまりの騒がしさに、まだ起床時間ではないのに雪は目を覚ました。
「……なんだろう。外が騒がしいな」
ここの所、第一次長州征伐を超える大きな事件もなく、新撰組は落ち着いた日常を送っていた。
市中の見回りに出ても特に変わった動きは見られず、京の町を一周して屯所に返るという日々が続いていた。
しかし、今日はそんな穏やかさなど何処吹く風で。
その騒がしさは、屯所の中でも奥まった、人気の無い位置にある雪の部屋の前まで届く。
「雪。いるか」
「その声、斎藤さんですか? い、今行きます!」
途中で止まっていた髪を一つにまとめ、袴の皺を手で整えると部屋の障子を開ける。
まだ太陽が完全に顔を出していない朝の陽気を背に、斎藤は普段通りの真顔でそこに立っていた。
「おはようございます。随分とお早いですね」
「ああ。今日は、少しばかり忙しくなるのでな」
「忙しくなるって……?」
何も聞かされていない雪には、斎藤の言葉が理解できない。
小首を傾げて問い返す雪を見た斎藤は、小さく笑みを落として答えた。
「健康診断だ」
「けんこうしんだん?」
これまたオウム返しに聞き返し、雪の頭の上には疑問符が浮かんだ。
幼児のように呂律の回らない言葉を発した雪に、斎藤は微かに声を出して笑う。
微笑みを浮かべたまま、斎藤は広間の方を指し示して言った。
「近頃、池田屋での一件や長州征伐やらで疲弊していただろう。怪我が治りきっていない隊士も多いから、今日は遠方から医師が来ることになったのだ」
「お医者さんがですか?」
「局長達が江戸で知り合ったという蘭方医が来るらしい。俺は会ったことがないが、かなり腕が立つんだと」
池田屋事件によって名を挙げた新撰組は、今や百人以上の隊士が集まった組織へとなっていた。
そんな裏で、人数が増えたことにより、屯所の衛生環境、生活水準が著しく悪くなったのもまた現実。
新撰組の中でまともに傷の手当をできるのが山崎くらいしかいない。普段任務のために彼が屯所を留守にしていると、どうしても手当は怠ってしまう。
そのため、左腕を庇って立つ斎藤のように、過去の戦いで負った傷が癒えていない隊士が数多くいた。
包帯やら水が入った桶やらを抱えた隊士達が廊下を走り回り、あちらこちらで怒号が聞こえた。
あまりの騒がしさに、まだ起床時間ではないのに雪は目を覚ました。
「……なんだろう。外が騒がしいな」
ここの所、第一次長州征伐を超える大きな事件もなく、新撰組は落ち着いた日常を送っていた。
市中の見回りに出ても特に変わった動きは見られず、京の町を一周して屯所に返るという日々が続いていた。
しかし、今日はそんな穏やかさなど何処吹く風で。
その騒がしさは、屯所の中でも奥まった、人気の無い位置にある雪の部屋の前まで届く。
「雪。いるか」
「その声、斎藤さんですか? い、今行きます!」
途中で止まっていた髪を一つにまとめ、袴の皺を手で整えると部屋の障子を開ける。
まだ太陽が完全に顔を出していない朝の陽気を背に、斎藤は普段通りの真顔でそこに立っていた。
「おはようございます。随分とお早いですね」
「ああ。今日は、少しばかり忙しくなるのでな」
「忙しくなるって……?」
何も聞かされていない雪には、斎藤の言葉が理解できない。
小首を傾げて問い返す雪を見た斎藤は、小さく笑みを落として答えた。
「健康診断だ」
「けんこうしんだん?」
これまたオウム返しに聞き返し、雪の頭の上には疑問符が浮かんだ。
幼児のように呂律の回らない言葉を発した雪に、斎藤は微かに声を出して笑う。
微笑みを浮かべたまま、斎藤は広間の方を指し示して言った。
「近頃、池田屋での一件や長州征伐やらで疲弊していただろう。怪我が治りきっていない隊士も多いから、今日は遠方から医師が来ることになったのだ」
「お医者さんがですか?」
「局長達が江戸で知り合ったという蘭方医が来るらしい。俺は会ったことがないが、かなり腕が立つんだと」
池田屋事件によって名を挙げた新撰組は、今や百人以上の隊士が集まった組織へとなっていた。
そんな裏で、人数が増えたことにより、屯所の衛生環境、生活水準が著しく悪くなったのもまた現実。
新撰組の中でまともに傷の手当をできるのが山崎くらいしかいない。普段任務のために彼が屯所を留守にしていると、どうしても手当は怠ってしまう。
そのため、左腕を庇って立つ斎藤のように、過去の戦いで負った傷が癒えていない隊士が数多くいた。



