人の波に押されるようにして歩きながら、雪は己の指先を見つめていた。
白く、細く、何の役にも立たなさそうな手だと思った。
長州。その名を聞いた瞬間、胸の奥で何かが跳ねた気がした。
知っている、はずだった。
けれど、いざ「何が起こるのか」を思い出そうとすると、頭の中はひどく静かだった。
年号も、順序も、理由も。
教科書の端に書いた落書きばかりが浮かんで、肝心なところが何一つ掴めない。
(……何やってたんだろ、私)
歴史に対して嫌いという感情はなかったが、今更過去を学んだとて意味があるとは思えず、まともに勉強してこなかった。
テストに出るところだけ覚えて、終われば忘れて。
「いつか役に立つ」なんて考えたこともなかった。
今になって、その“いつか”が目の前にあるというのに。
「もっと、ちゃんと歴史を知っていれば……私は何かを変えられたの?」
雪は強く唇を噛みしめた。
周囲には、それぞれの覚悟を携えた男達がいる。刀を握る者、命令を待つ者、何も言わず前を見据える者。
きっとその中には、遠い地に家族や愛する者を置いてここに来た者もいるのかもしれない。
帰りたいと思い、そして帰ってきてほしいと思ってくれる人がいる。
たった一人でこの時代に迷い込んだ雪とは違って、同じ世界に待ってくれる人がいるのだ。
(私がここに来たことに、一体何の意味があるのかな)
皆、自分の役目を知っている。立場があり、力があり、覚悟を持っている。
自分だけが、何も持っていない。刀を振るえず、逃げることしかできず、掴まれば無惨に痛めつけられる。
未来から来たということが唯一の取り柄だったはずなのに、その未来すら、今ではぼんやりとしか思い出せない。
勉強も、運動も、何一つ積み上げてこなかった自分が、ここに立っている。
(空っぽだ……)
その事実が、刀よりも重く胸に沈んだ。
守られるだけの存在でいるには、ここはあまりにも血の匂いが濃すぎる。
辻斬りの一件で思い知った。たとえ同じ志の元に集い、刀を振るって戦うとしても、そこに裏切りという亀裂が生じれば裂けるだけ。
仲間だろうが関係なく、斬り捨てられる時は斬り捨てられるのだ。
『今の話、お前も例外じゃねぇからな』
いつか聞いた土方の言葉が脳裏に過る。
己の小姓であっても、そこに斬って捨てられるだけの理由が揃えば、雪とて 簡単に処罰される。
雪はそっと拳を握る。
何もできない。それでも、何もしないままでいるのだけは、どうしても耐えられなかった。
白く、細く、何の役にも立たなさそうな手だと思った。
長州。その名を聞いた瞬間、胸の奥で何かが跳ねた気がした。
知っている、はずだった。
けれど、いざ「何が起こるのか」を思い出そうとすると、頭の中はひどく静かだった。
年号も、順序も、理由も。
教科書の端に書いた落書きばかりが浮かんで、肝心なところが何一つ掴めない。
(……何やってたんだろ、私)
歴史に対して嫌いという感情はなかったが、今更過去を学んだとて意味があるとは思えず、まともに勉強してこなかった。
テストに出るところだけ覚えて、終われば忘れて。
「いつか役に立つ」なんて考えたこともなかった。
今になって、その“いつか”が目の前にあるというのに。
「もっと、ちゃんと歴史を知っていれば……私は何かを変えられたの?」
雪は強く唇を噛みしめた。
周囲には、それぞれの覚悟を携えた男達がいる。刀を握る者、命令を待つ者、何も言わず前を見据える者。
きっとその中には、遠い地に家族や愛する者を置いてここに来た者もいるのかもしれない。
帰りたいと思い、そして帰ってきてほしいと思ってくれる人がいる。
たった一人でこの時代に迷い込んだ雪とは違って、同じ世界に待ってくれる人がいるのだ。
(私がここに来たことに、一体何の意味があるのかな)
皆、自分の役目を知っている。立場があり、力があり、覚悟を持っている。
自分だけが、何も持っていない。刀を振るえず、逃げることしかできず、掴まれば無惨に痛めつけられる。
未来から来たということが唯一の取り柄だったはずなのに、その未来すら、今ではぼんやりとしか思い出せない。
勉強も、運動も、何一つ積み上げてこなかった自分が、ここに立っている。
(空っぽだ……)
その事実が、刀よりも重く胸に沈んだ。
守られるだけの存在でいるには、ここはあまりにも血の匂いが濃すぎる。
辻斬りの一件で思い知った。たとえ同じ志の元に集い、刀を振るって戦うとしても、そこに裏切りという亀裂が生じれば裂けるだけ。
仲間だろうが関係なく、斬り捨てられる時は斬り捨てられるのだ。
『今の話、お前も例外じゃねぇからな』
いつか聞いた土方の言葉が脳裏に過る。
己の小姓であっても、そこに斬って捨てられるだけの理由が揃えば、雪とて 簡単に処罰される。
雪はそっと拳を握る。
何もできない。それでも、何もしないままでいるのだけは、どうしても耐えられなかった。



