朝の屯所は、何処か騒がしかった。いつもなら整然と始まる点呼が、妙に滞っている。
帳場の前には近藤が立ち、腕を組んだまま動かない。
土方は無言で周囲を睨み、沖田は珍しく壁にもたれず、直立していた。
「……山南君は?」
近藤の問いに、誰もすぐには答えなかった。
昨夜の巡察。今朝の帳場。何処にも山南の姿がない。
「部屋は確認したのか」
「……俺が行きました。もぬけの殻です」
返事をした隊士の声が、僅かに震えていた。
土方の眉が、ぴくりと動く。
「いつからいない」
「……夜の見回りの後には、もう」
近藤は、一瞬目を伏せた。強く歯を噛みしめることで口元が歪む。
それだけだけで、彼が何に気付いたのか察してしまう。
溢れ出る悔しみを振り払うように、ゆっくりと顔を上げた。
「……騒ぎにはするな。表には出さないようにしてくれ」
近藤勇ではなく、新撰組局長として下された命令だった。
理由は告げられない。ただ、ひどく冷えた空気だけが張り詰めていく。
雪は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
声は聞こえない。けれど、誰もが「何かを隠している」ことだけははっきりと分かる。
(……山南さん)
昨夜の会話が、胸を掠める。
他愛のない言葉。穏やかな声。なのに、何処か遠かった眼差し。
すっと沖田が、何か思い立ったのか静かに一歩前へ出た。
「俺、探してきます」
「総司――……」
「行かせてください」
その声は、いつもの軽さがなかった。近藤の言葉を遮ってまで言うくらい、彼の目には覚悟が滲んでいる。
近藤はしばらく迷った末、短く頷いた。
「……頼む」
沖田は踵を返し、足早に廊下を抜けていく。
その背中を見送りながら、雪は胸の奥に嫌なものが沈んでいくのを感じていた。
人が一人いなくなっただけなのに。それだけで、世界の形が歪み始めている。
「――……見つかるな」
現実の残酷さに気付いた時、背後から低く抑えた声が聞こえた。
思わず足を止めて振り向けば、少し離れた場所に土方が立っていた。
彼もまた、近藤と同じく何処か悔しそうに表情を歪めている。それでも、近藤と違うのは責任に苦しんでいる面だ。
誰に向けた言葉なのだろうか。沖田にか、それとも――。
(……見つかるな、って)
探しに行かせておいて、それでも見つかるなと願う。
その意味が、雪には分かってしまった。
もし見つかれば、戻れない。戻れば、償いが待っている。局中法度を破れば、切腹。
それが、この屯所の、新撰組のやり方だから。
雪は、その場から動けずにいた。足元が、ほんの少し薄くなる感覚を覚えながら。
帳場の前には近藤が立ち、腕を組んだまま動かない。
土方は無言で周囲を睨み、沖田は珍しく壁にもたれず、直立していた。
「……山南君は?」
近藤の問いに、誰もすぐには答えなかった。
昨夜の巡察。今朝の帳場。何処にも山南の姿がない。
「部屋は確認したのか」
「……俺が行きました。もぬけの殻です」
返事をした隊士の声が、僅かに震えていた。
土方の眉が、ぴくりと動く。
「いつからいない」
「……夜の見回りの後には、もう」
近藤は、一瞬目を伏せた。強く歯を噛みしめることで口元が歪む。
それだけだけで、彼が何に気付いたのか察してしまう。
溢れ出る悔しみを振り払うように、ゆっくりと顔を上げた。
「……騒ぎにはするな。表には出さないようにしてくれ」
近藤勇ではなく、新撰組局長として下された命令だった。
理由は告げられない。ただ、ひどく冷えた空気だけが張り詰めていく。
雪は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
声は聞こえない。けれど、誰もが「何かを隠している」ことだけははっきりと分かる。
(……山南さん)
昨夜の会話が、胸を掠める。
他愛のない言葉。穏やかな声。なのに、何処か遠かった眼差し。
すっと沖田が、何か思い立ったのか静かに一歩前へ出た。
「俺、探してきます」
「総司――……」
「行かせてください」
その声は、いつもの軽さがなかった。近藤の言葉を遮ってまで言うくらい、彼の目には覚悟が滲んでいる。
近藤はしばらく迷った末、短く頷いた。
「……頼む」
沖田は踵を返し、足早に廊下を抜けていく。
その背中を見送りながら、雪は胸の奥に嫌なものが沈んでいくのを感じていた。
人が一人いなくなっただけなのに。それだけで、世界の形が歪み始めている。
「――……見つかるな」
現実の残酷さに気付いた時、背後から低く抑えた声が聞こえた。
思わず足を止めて振り向けば、少し離れた場所に土方が立っていた。
彼もまた、近藤と同じく何処か悔しそうに表情を歪めている。それでも、近藤と違うのは責任に苦しんでいる面だ。
誰に向けた言葉なのだろうか。沖田にか、それとも――。
(……見つかるな、って)
探しに行かせておいて、それでも見つかるなと願う。
その意味が、雪には分かってしまった。
もし見つかれば、戻れない。戻れば、償いが待っている。局中法度を破れば、切腹。
それが、この屯所の、新撰組のやり方だから。
雪は、その場から動けずにいた。足元が、ほんの少し薄くなる感覚を覚えながら。



