想いと共に花と散る

「……こんな時間に、どうされました?」

 穏やかな声が聞こえた。
 振り返ると、月明かりの中に山南が立っていた。羽織も着ず、手には行灯だけを持っている。

「あ……山南さん」

 声を出した瞬間、自分でも驚くほど安堵が滲んだ。

「眠れませんでしたか」
「……はい」

 それ以上は言えなかった。
 山南は、何も追及しない。ただ、雪の少し離れた隣に腰を下ろした。
 行灯の灯が、二人の間を柔らかく照らす。

「夜は、色々考えてしまいますからね」
「……山南さんも?」

 問いかけると、山南は小さく微笑んだ。

「ええ。私もです」

 沈黙が落ちる。けれど、重くはなかった。
 無理に言葉を探さなくてもいい時間。雪は、そんな時間に身を委ねてぽつりと口を開いた。

「……私、今日は何もしてないんです」
「そうですか」
「皆が命懸けで戦ってる時、私は……ここにいました」

 山南は、すぐには答えなかった。
 月を一度見上げてから、静かに言う。

「それが、そんなに苦しいですか」
「置いていかれたみたいで……苦しくて」
「……なるほど」

 山南は、雪を穏やかな眼差しで見た。
 その視線は、いつもより少しだけ深く憂いを帯びている。

「雪君。君は、“行けなかった”のではありません。“残された”のです」

 その言葉に、胸が揺れた。

「それは、守るという選択でもある」
「……でも」
「戦場に立つことだけが、同じ時間を生きることではありません」

 山南は、そっと行灯を自身と雪の間に置く。

「貴方がここにいるから、我々には帰る場所がある」

 雪は、言葉を失った。

「それでも、今の君は……少し、こちら側から薄れて見えます」
「やっぱり……気のせいじゃ、ないんですね」
「ええ。私の目にも、そう映る」

 怖さよりも、不思議と納得が先に来た。

「私はね。居場所というものは、とても脆いものだと思っています」

 静かな声だった。

「役割が変われば、立場が変われば、簡単に揺らぐ。だからこそ、人は自分を縛る。“ここにいる理由”をね」

 その言葉は、雪の胸に深く落ちた。

「雪君。君は、誰に縛られていますか」

 問いかけに、すぐ答えは出なかった。
 けれど、ぼんやりと浮かぶ答えはある。気づきたくなかったと目を逸らしたくなるような答えが。

(……私、自分自身に)

 歴史に。存在に。いてはいけないかもしれない、という恐怖に。
 山南は、何も言わずにただそこにいた。
 寄り添うでも、抱き寄せるでもない。逃げ道を塞がず、答えを急がせない距離。
 それが、どうしようもなく優しかった。そして、雪は初めて思った。

(この人が壊れる日が来たら……)

 きっと、耐えられない。自分の強さを教えてくれた山南がいなくなるなど、壬生浪士組の頃から共にいた仲間が欠けるなど耐えられる気がしなかった。