想いと共に花と散る

 遠くで虫の声が鳴いている。風に揺れる木の葉が、微かに擦れる音を立てる。
 雪は一人、縁側に座って夕焼け空を見上げていた。真っ黒な烏が空を横切り、日没を知らせる。
 膝を抱え込み、灯りの落ちた庭へと視線を落とした。
 誰もいない。土方も、沖田も、他の隊士達も。皆、それぞれの場所で今日という一日を処理しているのだ。

(……私だけ、皆と違う。置いていかれているみたい)

 昼間は忙しさに紛れていた感覚が、夜になると否応なく浮き上がってくる。
 禁門の変。燃えた京。帰ってきた隊士達の、煤と血の匂い。
 それらを自分は何も知らない。
 雪は自分の腕に目を落とした。月明かりの下で、輪郭が僅かに曖昧になる。
 触れようとすると、ちゃんと触れる。掴める。冷たい夜気も感じる。
 それなのに、得体のしれない不安が胸の奥で燻った。

(……いるのに、いないみたいだなぁ)

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。叫びたいわけでも、泣きたいわけでもない。
 ただ、この感覚を誰かに確かめてほしかった。
 生きていると、生きていていいと、ここにいていいと、他者の言葉で確かめたい。

「ばっかみたい……」

 馬鹿馬鹿しい。つくづく自分が自己中心的な考え方をしていて呆れてくる。
 
「みゃぁ……みゃぁお」

 伏せていた視線の端で、黒い塊が身動きした。 
 小さなその塊は、顔を上げて雪の足元に擦り寄るとか細く鳴く。
 雪は視線を動かして、足元を見た。黒いふわふわとした塊は、やせ細った黒い子猫である。

「あっ、猫。……こんな所に一匹でいちゃ、危ないよ」

 両手で小さな黒猫を抱き上げ、膝の上に乗せてみた。
 少し力加減を間違えてしまえば、簡単に潰してしまいそうなほど小さい。それでも、確かな温もりを感じた。
 こんなに小さな身体をしていても懸命に生きている。
 この黒猫は、どんな見た目をしていても、どんなに弱くても生きていけることを教えてくれているような気がした。

「ふふっ、可愛い」

 真っ黒な頭に手を乗せると、黒猫は自ら手に頭を押し付けて撫でるように要求してきた。
 やせ細っているから腹を空かせているだろうに、求めるのは触れ合い。
 
(……私もこうしてもらえたら、何か変われるのかな)

 頭を撫でられたい、抱き締めてほしい、自分だけを見てほしい。
 そういった承認欲求を、人肌に飢えているから抱くとしたら。

「大好きじゃん。私、皆のこと」

 居場所を与えてくれた新撰組のことが好き。仲間であると認めてくれる皆のことが好き。

「あっ、待って! 行っちゃった……」

 突然膝の上から黒猫が飛び降りた。そのまま塀の方へと駆けると、簡単に塀に飛び乗り向こう側に消えていった。
 それと同時に、雪の耳元で布が擦れ合う音がする。