屯所が落ち着きを取り戻したのは、夕刻に差し掛かる頃だった。
負傷者は奥へ運ばれ、血の匂いも次第に薄れていく。
誰かが井戸で水を汲む音、庭先で草履を揃える音。全てが、いつもの新撰組の風景へ戻ろうとしていた。
戻れないのは、自分だけ。
雪は縁側に腰を下ろし、膝の上で指を組む。
何もしていないのに、体の奥が重い気がした。
(……結局、私はここにいただけだったな)
後の歴史に大きく傷跡を残すことになる『禁門の変』。
京が燃え、銃声が響き、人が大勢死んだ日。
その渦中に、新選組はいたはずなのに自分はいなかった。
「守られた」のだと、頭では分かっている。土方の判断も、命令も、副長として正しいこと。
けれど、心が追いつかない。
戦場に立った彼らは、同じ時間を共有している。見たもの、聞いたもの、感じた恐怖と決断。
それらは、言葉にしなくても互いに通じ合う“何か”として、確実に残る。
なのに、そこに自分はいない。
雪は、庭に並ぶ浅葱色の羽織を見た。乾かされたそれらは、夕陽を受けて揺れている。
(私だけ、外にいるんだなぁ……)
新撰組の一員として屯所の中にいるのに、輪の外にいるような感覚。
触れられる距離にいるのに、踏み込めない一線。
囚われている、と、ふと思った。
誰かに縛られているわけじゃない。部屋に閉じ込められているわけでもない。
それでも、行かせてもらえなかった。選ばれなかった。
「資格が、なかったみたいだね……」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。
戦う資格。隣に立つ資格。同じ“今”を生きる資格。
雪は、自分の手を見る。夕暮れの光の中で、白い指がほんのりと透けているように見えた。
けれど、瞬きをするとすぐに元に戻る。
(……見間違い、なのかな?)
そう思おうとするたびに、胸の奥が冷たくなる。
自分は、ここにいていいのだろうか歴史の中に、混ざり続けていいのだろうか。
この時代で生まれたわけではないとしても、ここに居場所を見つけたのだからい続けたい。それは正当化されていいことなのだろうか。
池田屋の時は、ずっと必死だった。
生きること、守ること、傍にいることだけを考えていればよかった。
でも、今は違う。
新撰組は、歴史の表舞台に立った。名を上げ、役割を与えられ、先に待つ未来へと進んでいく。
その流れの中で、雪は足を止めさせられた。
進めなかったのではない。「ここにいろ」と言われ、従った。
それが正しかったとしても、心は自由になれない。
囚われている。屯所に、役割に。そして、“存在してはいけないかもしれない自分自身”に。
遠くで、誰かが笑った。
戦を越え、生き残った安堵の声。
その音が、どうしようもなく遠く感じた。
雪は、膝を抱えて顔を埋めた。
(私……何処まで、一緒にいられるんだろう)
答えは、まだない。けれど、確かに感じていた。
自分はもう、皆と同じ場所には立っていられない。
見えない檻が、静かに閉じ始めていることを。
負傷者は奥へ運ばれ、血の匂いも次第に薄れていく。
誰かが井戸で水を汲む音、庭先で草履を揃える音。全てが、いつもの新撰組の風景へ戻ろうとしていた。
戻れないのは、自分だけ。
雪は縁側に腰を下ろし、膝の上で指を組む。
何もしていないのに、体の奥が重い気がした。
(……結局、私はここにいただけだったな)
後の歴史に大きく傷跡を残すことになる『禁門の変』。
京が燃え、銃声が響き、人が大勢死んだ日。
その渦中に、新選組はいたはずなのに自分はいなかった。
「守られた」のだと、頭では分かっている。土方の判断も、命令も、副長として正しいこと。
けれど、心が追いつかない。
戦場に立った彼らは、同じ時間を共有している。見たもの、聞いたもの、感じた恐怖と決断。
それらは、言葉にしなくても互いに通じ合う“何か”として、確実に残る。
なのに、そこに自分はいない。
雪は、庭に並ぶ浅葱色の羽織を見た。乾かされたそれらは、夕陽を受けて揺れている。
(私だけ、外にいるんだなぁ……)
新撰組の一員として屯所の中にいるのに、輪の外にいるような感覚。
触れられる距離にいるのに、踏み込めない一線。
囚われている、と、ふと思った。
誰かに縛られているわけじゃない。部屋に閉じ込められているわけでもない。
それでも、行かせてもらえなかった。選ばれなかった。
「資格が、なかったみたいだね……」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。
戦う資格。隣に立つ資格。同じ“今”を生きる資格。
雪は、自分の手を見る。夕暮れの光の中で、白い指がほんのりと透けているように見えた。
けれど、瞬きをするとすぐに元に戻る。
(……見間違い、なのかな?)
そう思おうとするたびに、胸の奥が冷たくなる。
自分は、ここにいていいのだろうか歴史の中に、混ざり続けていいのだろうか。
この時代で生まれたわけではないとしても、ここに居場所を見つけたのだからい続けたい。それは正当化されていいことなのだろうか。
池田屋の時は、ずっと必死だった。
生きること、守ること、傍にいることだけを考えていればよかった。
でも、今は違う。
新撰組は、歴史の表舞台に立った。名を上げ、役割を与えられ、先に待つ未来へと進んでいく。
その流れの中で、雪は足を止めさせられた。
進めなかったのではない。「ここにいろ」と言われ、従った。
それが正しかったとしても、心は自由になれない。
囚われている。屯所に、役割に。そして、“存在してはいけないかもしれない自分自身”に。
遠くで、誰かが笑った。
戦を越え、生き残った安堵の声。
その音が、どうしようもなく遠く感じた。
雪は、膝を抱えて顔を埋めた。
(私……何処まで、一緒にいられるんだろう)
答えは、まだない。けれど、確かに感じていた。
自分はもう、皆と同じ場所には立っていられない。
見えない檻が、静かに閉じ始めていることを。



