屯所に残した弱々しい一人の姿。命令だ、と言い切った自分の声。
あれは正しかったのか。考えるな、と頭の奥で叩き潰す。
今は戦場だ、余計な感情は刃を鈍らせる。もう一度刀を強く握り、無理矢理考えを逸らした。
「左、押さえろ!」
大勢の声が重なって返事が返る。
だが、その直後に爆ぜる音が鼓膜を貫く。空気が震え、視界が白く弾けた。
誰かの名を呼ぶ声が聞こえた。その声に返事はない。
土方は唇を噛み、前を向いた。
ここで止まれば、犠牲は増える一歩だ。引き返す理由にはならない。
火は勢いを増していた。
町家が燃え、瓦が落ち、逃げ惑う影が煙の向こうに揺れる。守るべき都が、自らを焼いているようだった。
銃声は止まらない。弾薬の量、隊の消耗、周囲の火勢、頭の中で状況を組み立てて冷静に崩していく。
そうして行き着いた考えは、このまま押せば全滅してしまうこと。
土方は一瞬だけ目を伏せ、判断を下した。
「――……退却!」
短い命令だった。感情を挟む余地はない。生き残るための選択だ。
命令に従って隊が動く。引きながら、倒れた者を支え、引けぬ者を置いていく。
誰も声を荒げない。ただ歯を食いしばり、命令に従った。
夜が、ようやく明け始める。
燃え続ける禁門を背に、新撰組は退いた。
勝利でも敗北でもない。ただ、生きて戻ったという事実だけが残る。
混沌とした京の空は、まだ赤い。
この戦は、やがて名を持つ。後に禁門の変、そう呼ばれる出来事として。
だが、今はただ重い沈黙だけが隊の上に落ちていた。
(……くそっ)
土方は歩きながら、無意識に人数を数えていた。
足りない。明らかに隊士の数が減っていることに気が付いても、それを口にすることはなかった。
そして、再び脳裏に浮かぶ。今朝、戦場にいなかった一人。
自分の命令で、ここには来させなかった存在。
土方は視線を上げ、煙の向こうの空を睨んだ。あの判断は正しかったのだと、何度も自分に言い聞かせる。
だが胸の奥に残る違和感は、どうしても消えなかった。
あれは正しかったのか。考えるな、と頭の奥で叩き潰す。
今は戦場だ、余計な感情は刃を鈍らせる。もう一度刀を強く握り、無理矢理考えを逸らした。
「左、押さえろ!」
大勢の声が重なって返事が返る。
だが、その直後に爆ぜる音が鼓膜を貫く。空気が震え、視界が白く弾けた。
誰かの名を呼ぶ声が聞こえた。その声に返事はない。
土方は唇を噛み、前を向いた。
ここで止まれば、犠牲は増える一歩だ。引き返す理由にはならない。
火は勢いを増していた。
町家が燃え、瓦が落ち、逃げ惑う影が煙の向こうに揺れる。守るべき都が、自らを焼いているようだった。
銃声は止まらない。弾薬の量、隊の消耗、周囲の火勢、頭の中で状況を組み立てて冷静に崩していく。
そうして行き着いた考えは、このまま押せば全滅してしまうこと。
土方は一瞬だけ目を伏せ、判断を下した。
「――……退却!」
短い命令だった。感情を挟む余地はない。生き残るための選択だ。
命令に従って隊が動く。引きながら、倒れた者を支え、引けぬ者を置いていく。
誰も声を荒げない。ただ歯を食いしばり、命令に従った。
夜が、ようやく明け始める。
燃え続ける禁門を背に、新撰組は退いた。
勝利でも敗北でもない。ただ、生きて戻ったという事実だけが残る。
混沌とした京の空は、まだ赤い。
この戦は、やがて名を持つ。後に禁門の変、そう呼ばれる出来事として。
だが、今はただ重い沈黙だけが隊の上に落ちていた。
(……くそっ)
土方は歩きながら、無意識に人数を数えていた。
足りない。明らかに隊士の数が減っていることに気が付いても、それを口にすることはなかった。
そして、再び脳裏に浮かぶ。今朝、戦場にいなかった一人。
自分の命令で、ここには来させなかった存在。
土方は視線を上げ、煙の向こうの空を睨んだ。あの判断は正しかったのだと、何度も自分に言い聞かせる。
だが胸の奥に残る違和感は、どうしても消えなかった。



