池田屋の時にも思ったが、もっと現代にいる頃に歴史を勉強していれば、今日という日に何が起こるのか知っていたのだろうか。
夢か現かも分からない。それでも、雪華という存在は、本来なら未来を知っているはずなのだ。
「雪」
呼ばれて振り返ると、土方が立っていた。羽織を纏い、既に出陣の装いを整えている。
「はい」
畳み掛けの布を置き、即座に返事をして彼の元に駆け寄る。
いつも通りに振る舞ったつもりだった。
にも関わらず、何か含みのある目で土方は雪を一度だけ上から下まで見た。その視線は厳しいが、何処か躊躇いを含んでいる。
「お前は、屯所に残れ」
短く、断定的な言葉で告げられた。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「今回は戦だ。市中戦になる可能性も高い」
「でも、私――」
「雪」
土方は、雪の言葉を遮るように名を呼ぶ。
その声に普段の苛立ちはなかった。あるのは、確かな覚悟と冷静さだけ。
「これは命令だ」
雪は、言葉を失う。
池田屋の時は、止められなかった。だから今回も当然一緒に行くものだと思っていたのだ。
「皆さんが行くのに……私だけ?」
そう口にした瞬間、土方の眉が僅かに動いた。
「屯所には、誰かがいなきゃならねぇ。負傷者が戻るかもしれねぇし、留守を任せる人間も要る」
土方の言う理屈は分かる。屯所から全員が出払って留守の状態を作るのは望ましくない。
副長として言っていることは間違っていない。むしろ正論と言える。
けれど、だからと言って、これから戦場に向かう彼らのことを安全な屯所で待つなど耐えられない。
「……それ、本当に理由ですか」
思わず、そう言ってしまった。空気が、ほんの一瞬だけ張り詰める。
土方はすぐには答えなかった。
視線を逸らし、庭先で支度を進める隊士達へと向ける。
「……お前は、ここにいろ」
それだけ言って、土方は踵を返した。
遠ざかる浅葱色を追いかけることは出来なかった。
背中を見送る雪の足元で、自分の影が薄く揺れている。
朝の陽射しのせいだ。そう思おうとしても、胸の奥が冷えていく。
何も言えず、何もできず突っ立っていると、やがて号令が掛かった。
「出るぞ!」
隊士達が一斉に動き、門へと向かっていく。
沖田が通り過ぎる瞬間、ほんの一瞬だけ雪を見た。何か言いたげに口を開きかけて、けれど何も言わずに前を向く。
門が開き、隊列が外へ流れ出していく。
最後に門が閉まった時、屯所は不自然なほど静かになった。
残された音は、風に揺れる木々と、遠くで鳴り始めた銃声だけ。
雪は、その場に立ち尽くしていた。
(……なんで、一緒に行かせてくれないの?)
守られたのか、外されたのか。その違いすら、もう曖昧だった。
雪の影は、足元から少しずつ、薄れていく。
まるで、最初から戦場に行く資格など与えられていなかったのように。
夢か現かも分からない。それでも、雪華という存在は、本来なら未来を知っているはずなのだ。
「雪」
呼ばれて振り返ると、土方が立っていた。羽織を纏い、既に出陣の装いを整えている。
「はい」
畳み掛けの布を置き、即座に返事をして彼の元に駆け寄る。
いつも通りに振る舞ったつもりだった。
にも関わらず、何か含みのある目で土方は雪を一度だけ上から下まで見た。その視線は厳しいが、何処か躊躇いを含んでいる。
「お前は、屯所に残れ」
短く、断定的な言葉で告げられた。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「今回は戦だ。市中戦になる可能性も高い」
「でも、私――」
「雪」
土方は、雪の言葉を遮るように名を呼ぶ。
その声に普段の苛立ちはなかった。あるのは、確かな覚悟と冷静さだけ。
「これは命令だ」
雪は、言葉を失う。
池田屋の時は、止められなかった。だから今回も当然一緒に行くものだと思っていたのだ。
「皆さんが行くのに……私だけ?」
そう口にした瞬間、土方の眉が僅かに動いた。
「屯所には、誰かがいなきゃならねぇ。負傷者が戻るかもしれねぇし、留守を任せる人間も要る」
土方の言う理屈は分かる。屯所から全員が出払って留守の状態を作るのは望ましくない。
副長として言っていることは間違っていない。むしろ正論と言える。
けれど、だからと言って、これから戦場に向かう彼らのことを安全な屯所で待つなど耐えられない。
「……それ、本当に理由ですか」
思わず、そう言ってしまった。空気が、ほんの一瞬だけ張り詰める。
土方はすぐには答えなかった。
視線を逸らし、庭先で支度を進める隊士達へと向ける。
「……お前は、ここにいろ」
それだけ言って、土方は踵を返した。
遠ざかる浅葱色を追いかけることは出来なかった。
背中を見送る雪の足元で、自分の影が薄く揺れている。
朝の陽射しのせいだ。そう思おうとしても、胸の奥が冷えていく。
何も言えず、何もできず突っ立っていると、やがて号令が掛かった。
「出るぞ!」
隊士達が一斉に動き、門へと向かっていく。
沖田が通り過ぎる瞬間、ほんの一瞬だけ雪を見た。何か言いたげに口を開きかけて、けれど何も言わずに前を向く。
門が開き、隊列が外へ流れ出していく。
最後に門が閉まった時、屯所は不自然なほど静かになった。
残された音は、風に揺れる木々と、遠くで鳴り始めた銃声だけ。
雪は、その場に立ち尽くしていた。
(……なんで、一緒に行かせてくれないの?)
守られたのか、外されたのか。その違いすら、もう曖昧だった。
雪の影は、足元から少しずつ、薄れていく。
まるで、最初から戦場に行く資格など与えられていなかったのように。



