「立ち眩みは?」
「それも、特には」
質問には素直に答えるが、全く持って山南の意図が読めず首を傾げた。
「……私、何かおかしいですか?」
その問いに、山南はすぐ答えなかった。
竿に掛かった布が風に揺れ、影が地面に落ちる。その影が、雪の足元で僅かに薄く見えた。
山南はそれを一瞬だけ見つめてから、静かに目を伏せた。
「いえ、私の気のせいでしょう」
そう言って、いつものように微笑んだ。
出会った頃と何ら変わらない、大人の余裕に満ちた優しい微笑み。
けれど、何処か無理をしているように見えるのは気のせいだろうか。
池田屋事件が起こる前から、あまり屯所の中で姿を見ないようになったり、見かけたと思ってもすぐに自室に入っていってしまう。刀を握っている姿なんて、もうずっと見ていなかった。
「最近、些か目が疲れておりまして」
「……そうなんですか」
納得はできないが、追及するほどのことでもない。彼のことだから、自室に籠もって読本を読み耽っているのだろう。
雪は心の中で無理矢理答えを作り出し、曖昧に頷いた。
「無理なさらないでくださいね」
「ありがとうございます」
山南はそれ以上何も言わず、軽く一礼してその場を去った。
後ろ姿を見送りながら、雪は胸の奥に残る違和感を振り払えずにいた。
(……体調、か)
自分の身体に目を落とす。動く。感じる。触れられる。何処もおかしくはない。
けれど、干された白布の向こう側で、自分の影だけがほんの少し薄く揺れている気がして。
雪は無意識の内に、手を握り締めていた。
❁
洗濯場から少し離れた縁側に、沖田は立っていた。稽古の帰りらしく、額には薄く汗が滲んでいる。
そんな彼の視線の先にいるのは、背を向ける山南とその向こう側にいる雪。干されていく白布の向こうで、雪が動いた。
いつも通りの笑みを浮かべて何やら話している。
何気ない日常の一部分、そのはずなのに、どういうわけか沖田は視線を逸らせなかった。
陽に透ける布越しに見える雪の輪郭が、何処か不確かだったからだ。
(……やっぱり、気のせいじゃない)
足を踏み出しかけて、止める。
今、声を掛けてはいけない。そんな確信だけが、胸に残った。
「……ごほっ……っ、先に限界を迎えるのは………どっちなのかな」
掌に着いた血を睨みつけ、吐き捨てるように言う。
誰にも聞かれないその言葉は、吹き付けた風によって遠くへと飛ばされていった。



