想いと共に花と散る

 目を開けた瞬間、微かな薬草の匂いが鼻を突いた。
 見慣れた天井、見慣れた梁が目の前には広がっている。新撰組屯所の一室であることは、すぐに分かった。

「……夢、か」

 声に出したつもりはなかったが、喉が僅かに震えた。
 身体を起こすと、全身が重い。夢の続きを引きずっているような、妙な倦怠感が残っている。

(静かだなぁ……)

 障子の向こうが、やけに静かだった。
 いつもなら、朝稽古の掛け声や、誰かの冗談混じりの怒鳴り声が聞こえてくる時間帯のはずだ。
 しかし、今はそれらがない。
 代わりに聞こえるのは、廊下を静かに行き交う足音と、低く抑えられた話し声だけ。
 袴姿に着替えて帯を整えると、そっと障子を開けて部屋の外に出た。
 廊下に立った瞬間、空気が変わったのが分かる。
 明らかに人が少ない。正確には、「いない」のではなく、「減った」のだ。
 壁際には、見慣れない包帯の巻かれた腕を抑える隊士や顔色の悪い隊士、普段なら剣を振っている時間に、黙って座り込んでいる者もいる。
 それでも誰も騒がない。
 池田屋の名が、京の町に知れ渡った。その代償を、ここでは静かに受け入れているようだった。
 雪は、胸の奥がひやりとするのを感じた。

(……あれ)

 ふと、廊下の端で立ち話をしていた隊士と目が合った。
 挨拶しようと一歩大きく踏み出すと、向けられる視線の色が変わる。
 一瞬、相手が言葉を失ったように見えた。次の瞬間、視線を逸らされる。
 もう一人、また一人。何かを確かめるような目で見られ、そして、急に距離を取られる事が繰り返された。
 雪は訳が分からず首を傾げた。

「……何?」

 気のせいだろうか。
 池田屋の後だから、皆、張り詰めているだけ。そう自分に言い聞かせる。

「おはようございます」
「あ、ああ……。おはよう」

 何気なさを装い、微笑みを浮かべて隊士達に頭を下げる。
 まるで目に入っていないのかとも思ったが、ちゃんと返事はあった。
 
「なあ、あれ……」
「夢じゃあ、ねぇよな」

 さっさとその場を去った雪には、背後で交わされる隊士達の不審げな声など届かない。
 けれど、歩き出した時に床に落ちた自分の影が、いつもより少しだけ薄く見えた。