想いと共に花と散る

 未だ見慣れない京の町を全速力で走り抜ける。何度も転びそうになって、喉の奥に鉄の匂いが広がっても走った。

「小夜……ありがとねっ………」

 以前、小夜と町へ出かけた時に彼女が京の町を案内してくれたことがあった。
 彼女と向かった先には、池田家と四国屋もあったのだ。そのお陰で、雪は一人でも四国屋へと辿り着ける。
 四国屋の前には、思ったほどの騒ぎはなかった。
 浅葱色の羽織を纏った隊士達が周囲を固めているが、刀を抜く気配も怒号もない。
 張り詰めてはいるが、何処か空を掴んだような静けさが漂っていた。
 嫌な予感が、確信へと変わる。

「土方さん!」

 宵闇に雪の声が轟いた。その声は視線の先にいる土方にも届く。

「っ! どうしててめぇがここにいやがる!」

 四国屋へと向けられていた視線は雪に向く。その瞳には抑えきれずに怒りが溢れていた。
 息を整える暇もなく、雪は土方の前で立ち止まると、息も絶え絶えながら声を張り上げた。

「本命は、ここじゃありません!」

 その一言で、空気が変わった。
 薄々感じ始めていた疑惑が確信へと変わったことにより、土方の目には怒りが滲む。
 そんな土方の視線が、鋭く雪を射抜いた。

「……何だと」
「長州の人達が会合を開いているのは……池田屋です!」

 土方の手が、無意識に刀の鞘を強く握る。今にも折ってしまわんばかりに、その手には力が籠もった。

「誰から聞いた」
「山崎さんと島田さんが。近藤さん達は、もう……池田屋に踏み込んでいるかもしれません」

 その瞬間、土方の表情から一切の感情が消えた。
 怒りでも、焦りでもない。
 ただ、決断を迫られた人間の顔。

「……チッ」

 確かな舌打ちが聞こえる。大方、自身の判断が誤った結果を招き、責任が後ろ髪を引っ張っているのだろう。
 一瞬目を閉じて何かを考えた後に、背後に控える隊士達に向き直った。

「総員、池田屋へ向かう!」

 鋭い号令が夜に響く。
 隊士達が一斉に動き出し、静寂は一瞬で破られた。
 土方は一歩踏み出しかけて、ふと立ち止まる。そして、雪の方に振り返った。

「……」

 何か言いかけて、言葉を飲み込んだようだった。

「……ついて来るな」

 それだけを告げると、土方は踵を返し、闇の中へ走り出す。
 残された雪は、拳を強く握り締めた。

(もう、ここまで来たのに)

 遠ざかる背中を見つめながら、雪は一歩、前に踏み出した。