想いと共に花と散る

 それがどれだけ深刻なことなのか、雪でも理解するには容易い。

「まずいことになったな……」

 隊士のほとんどが出払っている屯所の中で、まともに指揮を取れるのは山崎しかいない。
 彼の指示が残る雪達の命運を揺れ動かすと言っても過言ではない。

(土方さん達は、その四国屋っていう所に長州の人達が集まっていると思ってる。でも、本当は少人数の近藤さん達がいる池田屋に集まっているんだ。きっと、強い近藤さん達でも人数不利なことには変わりない)

 突然黙り込み、何かを考え込む雪を横目で見た山崎の顔色が変わった。
 雪が何を考えているのか、大方見当がついたからだ。

「雪殿。俺は、副長からあんたを引き止めるように頼まれとる。まさかやとは思うけど、行こうなんざ思てへんやろな?」

 自分の心を読まれた雪は、びくりと身体を震わせて山崎を見る。
 心の中を見透かすように細められた山崎の眼差しが、鋭く雪を突き刺した。
 その言葉は、忠告であり警告だったのである。
 小姓である雪が土方に従うように、同じく部下である山崎も彼の言いつけには従わねばならない。
 山崎とて、小娘の子守など不本意のはずだ。それでも従おうとするのは、そこに確かな忠誠心があるから。

「今夜は、命がいくつ消えてもおかしない。あんたが踏み込む場所やないんや」

 その言葉は、隊士としてあるべき姿であり、雪へと向けられる確かな優しさの現れだった。
 雪は、一瞬だけ目を伏せる。そして、すぐに顔を上げた。

「……でも、伝えなきゃ」

 絞り出したような雪の呟きに、山崎の表情が僅かに揺れる。
 
「今この瞬間にでも、誰かが傷ついているかもしれない。そんな状況で黙って待っているくらいなら、血塗れになったって構いません!」
「何を言うんや……っ! 副長が望むんは、何よりもあんたの無事なんやで!? あんたが戦場に行ったりなんかしたら、あん人ぶっ倒れてまうわ!」

 珍しく感情的になる山崎を前にして、雪は一瞬怯んだ。
 しかし、一度止められたくらいで引き下がるような軟な根性は生憎持ち合わせていない。
 土方が雪に向ける優しさは、一方的な自己満足でしかないのだ。
 雪を戦場から遠ざける。それは、端から見れば守っているようでいて、実際は守っていると個人が勘違いしているだけ。
 その勘違いを覆さないまま時間が立つのを待っているだけでは、何も変わりやしない。

「だったら、目の前でぶっ倒れさせてやるだけです!」
「雪!」

 最早、この場に冷静な思考回路を持ち合わせた人など誰もいない。
 全員が混乱している最中、山崎が声を張る。

「行ったらあかん言うてるやろ! 戻りぃ!」

 背後から山崎の怒号が聞こえても、雪は振り返らない。
 ここで振り返ってしまえば、もう二度と土方達とは同じ地に立てなくなってしまう気がした。

「山崎さん、島田さん、ごめんなさい!」

 それだけを言って、雪は駆け出した。
 静まり返った屯所を飛び出し、夜の京へ身を投じる。

(間に合って)

 それが誰に向けた願いなのか自分でも分からないまま、雪は土方達がいる四国屋の方角へ走った。