夜更け。
屯所の一室には、灯りが一つだけ点されていた。障子は閉め切られ、外の気配は遮断されている。
畳に座すのは、近藤、土方、井上、そして斎藤。
少し遅れて、静かに戸が開いた。
「……失礼します」
闇に溶け込む忍び装束のような格好をした山崎が部屋に入る。
音もなく障子を閉め、灯りの届かぬ隅に腰を下ろした。その表情は、普段以上に硬い。
「掴めたか」
山崎が腰を下ろすなり、土方は前置きもなく切り出す。その声音は、相手を脅すには十分すぎるほど荒んでいる。
傍らで聞いている井上と斎藤が怪訝な表情を浮かべた。
けれど、山崎は土方の態度など気にも留めず、淡々と答える。
「はい。長州の浪士達が、近く大規模な密談を行うことはほぼ確実です」
その一言で、室内の空気がぴんと張り詰めた。身動き一つ取ると首を落とす鋭い糸が張り巡らされているかのような、緊張感が漂い始める。
山崎の斜め向かいに座る近藤は腕を組み、そして静かに続きを促した。
「場所は?」
「二か所まで絞れています。一つは―――……池田屋」
閉じられていた土方の目が開き、鋭い視線が山崎に集中する。
一つ瞬きをし、山崎は一段声音を落として言った。
「そして、もう一つが四国屋です」
「どちらも……京の中心だね」
「はい。御所に近く、人の出入りが多い。隠れるには最適です」
山崎の声音は淡々としており、感情が感じられない。それだけ、彼が神経を擦り減らして任務に当たっていたことを物語っている。
感情を排した声音が、返って事の重大さを際立たせていた。
「長州の者達は、討幕を前提とした具体的な計画を練っている。火薬、武器、そして――……放火の準備も進めているようです」
「……御所を焼く気か」
「可能性は高いでしょう」
山崎は一瞬だけ視線を伏せ、言葉を選ぶようにしてから告げた。
「密会は、今夜か、遅くとも明日。両方の宿に人を分散させ、直前で合流する算段のようです」
「二択か」
ずっと伏せていた目を開け、斎藤は短く呟やく。
その呟きは、大きな博打にでなければならないという予兆であった。
必ず池田屋か四国屋で密談は行われる。どちらが本命か分からない以上、外せば負けてしまうのだ。
緊張感が一層高まり、一同の表情には影が落ちた。
「外れれば、動いたこちらが無駄骨になる。だが、当たれば――……」
近藤はそこで静かに言葉を区切った。
その声には、揺るぎのない覚悟が滲んでいる。
「……トシ」
近藤は横目で土方を見た。土方もまた、横目で近藤を見る。
一瞬交わった視線は、土方が一方的に逸らすことで途切れた。
小さく息を吸った近藤が土方の顔を覗き込んで問い掛ける。
「どうする?」
「両方だ」
井上が目を見開き、身を乗り出して声を上げた。
「二手に分かれるのかい?」
「そうだ。主力は四国屋、俺が行く。斎藤、お前もだ」
「了解」
「池田屋は、近藤さんや総司達に任せる。万一四国屋が外れでも、逃がさねぇ」
言葉の端々に、すでに戦が始まっているような鋭さがあった。
この判断が間違えていれば腹を斬る。そう言わんばかりの凄みを土方はその瞳に宿していた。
決死の決断をした土方に向かって、山崎は静かに頭を下げる。
「監察方としても、出来る限りの裏取りは済ませました。……これ以上は、待てません」
「分かってる」
土方は立ち上がり、障子に手を掛けた。
「ここから先は、踏み込むだけだ」
障子の向こうには、まだ眠っている屯所がある。何も知らず、いつも通りの夜を過ごしている者達がいる。
だが、この一室で下された決断は、間違いなく京の夜を血で染めることになるのだ。
屯所の一室には、灯りが一つだけ点されていた。障子は閉め切られ、外の気配は遮断されている。
畳に座すのは、近藤、土方、井上、そして斎藤。
少し遅れて、静かに戸が開いた。
「……失礼します」
闇に溶け込む忍び装束のような格好をした山崎が部屋に入る。
音もなく障子を閉め、灯りの届かぬ隅に腰を下ろした。その表情は、普段以上に硬い。
「掴めたか」
山崎が腰を下ろすなり、土方は前置きもなく切り出す。その声音は、相手を脅すには十分すぎるほど荒んでいる。
傍らで聞いている井上と斎藤が怪訝な表情を浮かべた。
けれど、山崎は土方の態度など気にも留めず、淡々と答える。
「はい。長州の浪士達が、近く大規模な密談を行うことはほぼ確実です」
その一言で、室内の空気がぴんと張り詰めた。身動き一つ取ると首を落とす鋭い糸が張り巡らされているかのような、緊張感が漂い始める。
山崎の斜め向かいに座る近藤は腕を組み、そして静かに続きを促した。
「場所は?」
「二か所まで絞れています。一つは―――……池田屋」
閉じられていた土方の目が開き、鋭い視線が山崎に集中する。
一つ瞬きをし、山崎は一段声音を落として言った。
「そして、もう一つが四国屋です」
「どちらも……京の中心だね」
「はい。御所に近く、人の出入りが多い。隠れるには最適です」
山崎の声音は淡々としており、感情が感じられない。それだけ、彼が神経を擦り減らして任務に当たっていたことを物語っている。
感情を排した声音が、返って事の重大さを際立たせていた。
「長州の者達は、討幕を前提とした具体的な計画を練っている。火薬、武器、そして――……放火の準備も進めているようです」
「……御所を焼く気か」
「可能性は高いでしょう」
山崎は一瞬だけ視線を伏せ、言葉を選ぶようにしてから告げた。
「密会は、今夜か、遅くとも明日。両方の宿に人を分散させ、直前で合流する算段のようです」
「二択か」
ずっと伏せていた目を開け、斎藤は短く呟やく。
その呟きは、大きな博打にでなければならないという予兆であった。
必ず池田屋か四国屋で密談は行われる。どちらが本命か分からない以上、外せば負けてしまうのだ。
緊張感が一層高まり、一同の表情には影が落ちた。
「外れれば、動いたこちらが無駄骨になる。だが、当たれば――……」
近藤はそこで静かに言葉を区切った。
その声には、揺るぎのない覚悟が滲んでいる。
「……トシ」
近藤は横目で土方を見た。土方もまた、横目で近藤を見る。
一瞬交わった視線は、土方が一方的に逸らすことで途切れた。
小さく息を吸った近藤が土方の顔を覗き込んで問い掛ける。
「どうする?」
「両方だ」
井上が目を見開き、身を乗り出して声を上げた。
「二手に分かれるのかい?」
「そうだ。主力は四国屋、俺が行く。斎藤、お前もだ」
「了解」
「池田屋は、近藤さんや総司達に任せる。万一四国屋が外れでも、逃がさねぇ」
言葉の端々に、すでに戦が始まっているような鋭さがあった。
この判断が間違えていれば腹を斬る。そう言わんばかりの凄みを土方はその瞳に宿していた。
決死の決断をした土方に向かって、山崎は静かに頭を下げる。
「監察方としても、出来る限りの裏取りは済ませました。……これ以上は、待てません」
「分かってる」
土方は立ち上がり、障子に手を掛けた。
「ここから先は、踏み込むだけだ」
障子の向こうには、まだ眠っている屯所がある。何も知らず、いつも通りの夜を過ごしている者達がいる。
だが、この一室で下された決断は、間違いなく京の夜を血で染めることになるのだ。



