想いと共に花と散る

 その夜、夕餉の席に山南の姿はなかった。
 不在自体は、決して珍しいことではない。任務や打ち合わせで席を外すことも、これまでに何度もあった。
 けれど、今日は何かが違った。
 近藤はいつもと変わらぬ朗らかな笑みで場を和ませている。
 藤堂と原田は相変わらず声が大きく、他愛のない話題で笑い合っていた。
 雪の隣に座る沖田も、箸を進めながら軽口を叩き、時折こちらを揶揄ってくる。
 一見すれば、何も変わらない。いつも通りの、新選組の日常だ。
 それでも、雪は、無意識の内に空いた席へと視線を向けてしまった。
 そこに山南がいないという事実が、じわじわと胸に染みてくる。

(……どうしちゃったのかな)

 ただそれだけのことなのに、胸の奥が落ち着かない。
 笑い声が響く中で、雪だけが取り残されているような感覚に陥った。
 そして、視線は土方へと向く。
 彼だけは、終始無言だった。黙々と食事を済ませ、他の者の会話にも一切加わらない。
 その横顔は硬く、眉間に寄せられた皺は解ける気配すらなかった。
 やがて、箸を置く音が小さく響く。

「ごちそうさま」

 それだけを告げ、土方は席を立つ。
 背筋を伸ばしたその背中は、どこか張り詰めていて、いつもよりも歩調が速い。
 雪は思わず、その背を目で追っていた。引き止める理由も、声を掛ける言葉もない。
 ただ、見送ることしかできなかった。

(……やっぱり)

 胸の内で、小さく呟く。
 点だった違和感が、線になり始めている。確信は、もう疑いようのない形を取り始めていた。



 ❁



 翌日から、屯所の空気は明確に変わった。
 山崎の姿を見かける回数が増えたのだが、会話をすることはほどんどなかった。
 彼は朝早くに出て行き、戻るのは日が傾いてからだ。時には、そのまま夜半まで姿を見せないこともある。
 任務だと聞かされてはいるが、その詳細を語ることはなかった。
 そして、夜。
 土方と近藤が揃って屯所を出る日が続いた。
 理由を問う者はいない。
 戻ってくる時間は決まって深夜か、空が白み始める頃だ。
 雪は、眠れずに縁側で夜気に当たりながらその足音を何度も聞いた。
 静かな闇の中で、複数の草履の音が遠ざかっていく。

(皆、何を隠しているんだろう……)

 そう思わずにはいられなかった。
 彼らのその行動は、明らかに何かを隠している。それも、一人や二人ではなく、新撰組の中枢が関わる事柄をだ。
 それでも、誰も何も言わない。
 問い質す者も、噂話をする者もいない。
 だが、全員が同じ方向を見ている。言葉にせずとも、同じ緊張を共有している。
 嵐の前の張り詰めた静けさ。
 雪は、胸の奥で静かに息を吸った。

(……戻れないところまで、来てるんだ)

 理由はまだ分からない。
 けれど、この違和感が、やがて血の匂いを伴う出来事へと繋がっていくことだけは、はっきりと感じ取っていた。