想いと共に花と散る

 再び桜吹雪が舞い、皆が手にする盃に花弁が落ちる。
 それを合図に、雪は新撰組の一員である少年ではなく、一人の雪華という少女に変わった。
 桜色の着物を着て、桜色の結い紐で髪をまとめた、何処にでもいる普通の娘に。

「雪華……。それが、君の本当の名前?」

 女であることは知っていても、雪華という名前を知らずにいた沖田は驚きを隠せない様子だ。
 彼らと出会った時にはすでに雪という名を与えられていたから、名乗った時点で騙していたことになる。
 
「そう。これが本当の私」
「その見た目も、名前も?」
「うん」
「そうか、そうなんだね」

 一つひとつの言葉を噛みしめるように、沖田は小さく言った。

「え、じゃ、じゃあさ。雪って名前は偽名だったってことか?」

 沖田と同じく、雪が己の正体を隠して生きていたことを知らずにいた藤堂は、心底呆気に取られた様子で問うた。
 藤堂の言う通り、ある意味は偽名を名乗ったことになるだろう。
 しかし、雪華は雪という名前を偽名だとは思っていない。女として生きる時に名乗る名は雪華であり、新撰組隊士として名乗る名は雪である。
 本名だとか偽名だとか、そういうことではなく、二つの名を持っているという考えだったのだ。

「ううん。私は雪だよ」
「んん?」
「雪華であり雪なの。お母さんが付けてくれた名前と、土方さんが付けてくれた名前がある」

 雪華が土方の目を見てそう言うと、皆の視線が彼に向かった。
 様々な感情が入り混じった視線を向けられた土方は、素っ気ない態度で顔を逸らしてしまう。
 
「副長が名付けられたということですか」
「別に、そんな大それたことじゃねぇだろ。俺ぁ、ただ男のフリをさせる上で本名を使わせるのはどうかと思ったから、思いつきで言っただけだ」
「ですが、随分と気に入られているようで」

 揶揄い半分の斎藤の言葉に土方は不満を露わにする。すっかり調子を崩された土方は、強くもない酒を一気に煽った。
 案の定、顔は真っ赤に染まって目も虚ろになっている。

「……っ……まさか、君がそんなにも新撰組として生きる名を気に入ってくれていたとは」
「何、感極まっているんですか。近藤さんが付けたわけじゃないんでしょう?」
「何を言う総司! 私はな、彼女の雪華という名前が綺麗だと思っているんだ。それを隠して生きなければならない状況下に置いてしまったことがいつも申し訳なくて……しかし、そう言ってもらえるなら嬉しくてなぁ」

 近藤は酒が入ると泣き上戸になるらしい。俯いて嗚咽を漏らす近藤の背中を隣に移動した井上が優しく擦った。

「大げさですよ。それに、私皆さんと同じ場所にいて嫌だなんて一度も思ったことありませんから」

 その言葉が決定打となり、近藤の涙腺は決壊する。
 最早相手にもならず、井上に抱きついて泣く近藤を皆が呆れた目で見ていた。