想いと共に花と散る


「ぎゃああああああ!」

 静かな空間に耳障りな叫び声が響き渡った。木々がざわめき、再び辺りの空気が一変する。

「なんじゃあ貴様ら!」

 どれだけ待っても痛みどころか死すら訪れない。
 けれど、何処からとも無く鉄のような錆のような不快な匂いが漂ってきた。少し吸い込んだだけで噎せ返りそうになるほどの強い匂いである。

「な、何……」

 目を開けると、何があったのか先程刀を向けてきていた男が地面に蹲っているではないか。
 暗がりでよく見えないが、他の二人の男は刀を投げ出し地面に転がっている。
 そこでようやく理解する。先程から辺りに漂っている得体の知れない強い匂いは、浪士達が流す血であると。

「おい、てめぇ」
「え、え?」

 唖然と目の前の光景を眺めていると、頭上から浪士達とは違う男の声が聞こえてきた。
 驚いて見上げれば、そこにはやけに端正な顔立ちをした男が血に塗れた刀を持って立っている。
 男は血に塗れた刀をこちらに向け、針を刺すように鋭く睨みつける。
 
「なんだってこんな時間に出歩いている」

 男の発する言葉の一つ一つが重く伸し掛かり、ビリビリと空気を震わせた。
 これは恐怖なのか、それとも違う感情なのか分からない。
 しかし、この男を見ていると身体中から力が抜けて立っていられず、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
 
(まるで……鬼だ………)

 目の前には、月を背にした鬼が立っている。
 黒く長い髪を後ろで一つに束ね、切れ長の目を鋭く光らせ、血塗れの刀を握った鬼。
 
「聞いてんのか。なんとか答えやがれ」

 鬼が一言一言を発するたびに、心臓がドクンドクンと重く脈打つ。
 上手く息が吸えない、立ち上がろうとしても足に力が入らない。なのに鬼から目が逸らせない。

(……なんで、なんで何も言えないんだろう。さっきはあんなに話せたのに)

 浪士が身体を預けるか斬り殺されるかどちらか選べと選択肢を与えてきた時、自分は饒舌に己の本心を包み隠さず話せた。
 だというのに、この鬼を前にするとそれどころか声を出すことすら憚られた。
 とうとう自分はおかしくなってしまったのだろうか。嗚呼そうか、あの強い頭痛のせいで声の出し方を忘れてしまったのだ、きっとそうに違いない。
 浪士達に向けて言った言葉は、きっと夢だったんだ。