想いと共に花と散る

 いつだって、どんな時だって、怖いのだ。
 毎日死と隣合わせの世界で生きる者達と共に過ごし、時には目の前で血を見ることだってあった。
 それでも、雪は逃げ出すことだけはしなかった。
 ただ守られるだけではない。刀を握らない代わりに、どんな雑用だって熟し皆と関係を築いてきた。
 何も持っていなかったからこそ、得られるものは数え切れないほどあったのだ。

「私は……」

 主に守られてばかりの弱い小姓などではない。
 彼らの確かな覚悟を間近で見てきたからこそ、同じだけの覚悟を持ってあの場所にいる。

「守られてばかりの役立たずじゃない。新撰組の……土方歳三の小姓だ!」

 川のせせらぎすらも掻き消すほど、腹の底から叫ぶ。
 早川達に届いてほしいなどとは微塵も思わない。ただ、自分自身が抱いた覚悟が本物であると改めて証明するために叫んだ。
 
「皆の足を引っ張っていることくらい私が一番よく分かってる。私がいなければ、もっと動きやすくなることだって知ってる」

 未だかつて無い激しい肺の痛みを感じながらも、冷えた空気を肺いっぱいに吸い込む。
 直接氷を入れられたかのように肺が冷え、同時に朧気だった意識が輪郭を取り戻していった。
 猫背になっていた背筋を伸ばし、胸を張ると再び叫んだ。

「それでも……それでも私は、“禍の種”なんかじゃない!」
「黙れ!」

 突然、前方から強く突き飛ばされ、地面に倒れる。
 偶然倒れ込んだ位置に大きめの石があり、それが横腹に食い込んで想像を絶する痛みが襲った。

「あ゙っ………う、ぐ…………」

 衝撃と痛みで息が詰まり、意思に反して滲んだ涙で視界が歪む。
 それでも何とか起き上がろうとすると、次は頭部に鋭い衝撃が襲った。
 刀の鞘で殴られたと気付いた頃には、視線が川と並行になっている。額から頬に掛けて生暖かいものが流れ、意識が霞んだ。

「恨みはな」

 ほとんど開かない目で、目の前まで歩み寄ってきた早川を見上げる。
 早川は冷たい目で見下ろした後、乱暴に雪の胸倉を掴んだ。
 乱暴に身体を揺さぶられ、怒りと殺意に歪んだ早川の顔が眼前に迫る。
 最早、何がそんなに気に入らないのか他人事のように考えていた。早くこんな時間が終わらないかと、抵抗する気力すら無くなる。

「お前自身じゃない。だが、お前は“象徴”だ。俺達が排除され、お前が守られる理由を……思い知らせるには、丁度いい」

 そう吐き捨てた早川は、もう一発トドメを刺すために雪の腹を殴ると掴んでいた胸ぐらを離した。
 地面に蹲った雪の元から早川達はやけに静かな足取りで去っていく。その様子を横目で見ることしか雪にはできなかった。

「……さ、よ………」
「雪………っ!」
「……け、が……ない?」
「な、なんで。あんたの方がずっとボロボロやのに、なんでうちの心配なんか」
「なんでって────……友達だから、理由なんてないよ」

 その言葉は、誰にも届かなかった。
 小夜はただ目を伏せる。そこに、友達だった頃の面影はもうなかった。
 目の前に広がる夜空には、数え切れないほどの星が浮かぶ。その光景だけが、やけに鮮明だった。
 
 痛い、寒い、苦しい。雪はこの世の全てから逃げるように、静かに目を閉じた。