浅葱色の羽織を着ているその姿は、何処からどう見ても新撰組の一人である。
しかし、雪にはその男が到底仲間であるとは信じられなかった。
名前も出身も年齢も、知っていることはほとんどない。顔なんて、手紙を届けに来たあの一瞬だけであった。
それでも辛うじて彼について知っていることがある。
男は辻斬りの捜索に新撰組が動き始めた日の夜、雪の存在を快く思えず心無い言葉を影で言っていた。
そして確信する。男は、昨晩に永井という一番隊所属の男が口にした「早川兼定」その人であると。
「……ごめんね、雪」
小さな小夜のその声は、雪を絶望の底に叩き落とすのには十分であった。
「え……?」
「全部、決まっとった」
焦点が定まっていない虚ろな目を動かし、俯いていた小夜は真っ直ぐと雪を見つめる。
その瞳には、ほんの数刻前まで共に遊んだ時にあったはずの光が消えていた。
「あんたを、ここに連れてくるところまで」
脳の理解が追いつかず、頭の中が真っ白になる。
肺が極端に縮んで、上手く空気が吸えない。酸素が届かなくなった心臓は激しく脈打ち、頭が激しく痛む。
若干の過呼吸を引き起こしながらも、雪はただ目の前にいるはずの小夜をその瞳に映した。
「……どう、いう……」
「台本通りだ」
まともに言葉を発することもできず、口から出たのは掠れたほぼ吐息と変わらない声。
胸元を押さえ悶え苦しむ雪を見た早川は、まるで喜劇を鑑賞するように興奮した様子で言った。
「お前が庇いに出ることも、泣き落としもな」
その言葉を合図に、周囲に散らばって刀を構えていた男達が雪を囲む。
切っ先からは溢れ出んばかりの鋭い殺気を感じた。
この場に味方はいない。小夜ですら、“向こう側”にいた。
「新撰組に守られて、いい気になりやがって」
「小姓風情が、仲間面とは笑わせる」
次から次へと発される言葉が、刃のように突き刺さる。
一歩、二歩、覚束ない足で後退りその場に膝を折って崩れ落ちた。
震える手で両耳を塞ぎ、徐々に呼吸が荒く不規則なものになっていく。
もう、何も聞きたくない。これ以上、自分自身の存在を否定されるのは耐えられなかった。
「副長の小姓だから、剣も振らずに生き延びる。あいつの庇護下にいれば、何も怖くないか?」
「……違う……」
違う。違う。違う。違う。
怖い、怖いに決まっている。
この時代に来たばかりの日に、月下の鬼を見た瞬間。
御所の警護の際に不審者に誘拐されそうになった時。
目の前に辻斬りが現れ、刀を交えた修羅場に居合わせた時。
今この瞬間、雪は恐怖した。
しかし、雪にはその男が到底仲間であるとは信じられなかった。
名前も出身も年齢も、知っていることはほとんどない。顔なんて、手紙を届けに来たあの一瞬だけであった。
それでも辛うじて彼について知っていることがある。
男は辻斬りの捜索に新撰組が動き始めた日の夜、雪の存在を快く思えず心無い言葉を影で言っていた。
そして確信する。男は、昨晩に永井という一番隊所属の男が口にした「早川兼定」その人であると。
「……ごめんね、雪」
小さな小夜のその声は、雪を絶望の底に叩き落とすのには十分であった。
「え……?」
「全部、決まっとった」
焦点が定まっていない虚ろな目を動かし、俯いていた小夜は真っ直ぐと雪を見つめる。
その瞳には、ほんの数刻前まで共に遊んだ時にあったはずの光が消えていた。
「あんたを、ここに連れてくるところまで」
脳の理解が追いつかず、頭の中が真っ白になる。
肺が極端に縮んで、上手く空気が吸えない。酸素が届かなくなった心臓は激しく脈打ち、頭が激しく痛む。
若干の過呼吸を引き起こしながらも、雪はただ目の前にいるはずの小夜をその瞳に映した。
「……どう、いう……」
「台本通りだ」
まともに言葉を発することもできず、口から出たのは掠れたほぼ吐息と変わらない声。
胸元を押さえ悶え苦しむ雪を見た早川は、まるで喜劇を鑑賞するように興奮した様子で言った。
「お前が庇いに出ることも、泣き落としもな」
その言葉を合図に、周囲に散らばって刀を構えていた男達が雪を囲む。
切っ先からは溢れ出んばかりの鋭い殺気を感じた。
この場に味方はいない。小夜ですら、“向こう側”にいた。
「新撰組に守られて、いい気になりやがって」
「小姓風情が、仲間面とは笑わせる」
次から次へと発される言葉が、刃のように突き刺さる。
一歩、二歩、覚束ない足で後退りその場に膝を折って崩れ落ちた。
震える手で両耳を塞ぎ、徐々に呼吸が荒く不規則なものになっていく。
もう、何も聞きたくない。これ以上、自分自身の存在を否定されるのは耐えられなかった。
「副長の小姓だから、剣も振らずに生き延びる。あいつの庇護下にいれば、何も怖くないか?」
「……違う……」
違う。違う。違う。違う。
怖い、怖いに決まっている。
この時代に来たばかりの日に、月下の鬼を見た瞬間。
御所の警護の際に不審者に誘拐されそうになった時。
目の前に辻斬りが現れ、刀を交えた修羅場に居合わせた時。
今この瞬間、雪は恐怖した。



