想いと共に花と散る

 
(酷い……何の関係もない人を無差別に襲うなんて………)

 雪の考えが至極真っ当なものであるとするならば、目先の男は沖田の言う通り悪魔なのだろう。
 傷を追った女を抱き寄せ、雪は存在すら曖昧な男を睨みつけた。
 刀を持たず、戦わない雪だからこそ、もし刀を持っていれば今この瞬間飛び出していたに違いない。
 これほどに他人へ憎悪を感じたことはない。雪はその瞳で男を射殺さんばかりに鋭く睨んだ。

「……いつから、新撰組は役立たずを匿う組織になったのだ」

 その言葉が目先の男のものであると気付いたのは、再び男が口を開いた時だった。

「新撰組は剣の腕があってこそ、存在を証明できる組織であったはずだろう!」

 男は興奮状態になり、徐々に語尾を強めて叫ぶ。
 耳を劈くその叫びは、思わず耳を塞ぎたくなるほど酷いものだった。
 否、男の声が大きかったからなんて理由ではない。
 彼の言う「役立たず」が誰であるのか、一瞬で理解してしまったからだ。

「やっぱり、お前か」

 沖田の蔑みを孕んだ声が静かに落ちた。

「永井……早川と横山は何処に行った」

 その一言で彼らが醸し出していた殺気に輪郭が生まれる。
 永井と呼ばれた男は虚ろだった気配を確かなものにし、眼前に刀を構えた。
 建物と建物の間から覗く月明かりが男の刀の切っ先を鈍く照らす。
 それを合図に、土方達も刀を構え直し臨戦態勢を取った。
 まるで身体中に纏うようにして殺気を溢れ出させると、始めに動きを見せたのは藤堂だった。

「お前、総司んとこの隊士じゃねか! なんでこんな事してんだよ!」
「……五月蝿い」

 藤堂の刀と永井の刀がぶつかり合い、激しく火花を散らす。
 鈍い金属の擦れ合う音が辺りに反響した。何度も何度も斬り掛かっては弾かれ、突きを繰り出しては防がれる。
 瞬く間に辺りは修羅場と化し、一歩間違えれば味方をも斬ってしまう戦場になった。
 
「雪! てめぇは下がってろ!」
「は、はい!」

 雪は土方の指示に従い、女を抱きかかえたまま建物の物陰に身を隠した。
 土方と沖田が刀を振るい男に斬り掛かる。雪を庇う必要が無くなり、気を負わずとも済んだ。

「すみません。失礼します!」

 女の返事など待たず、雪は着物を脱がせた。壁にもたれ掛かれるように身体を支えると、背中に負った傷を見る。
 すかさず袖から取り出した手拭いで止血に当たった。

(どうか……誰も死にませんように)

 土方達がそう簡単に死ぬとは思えない。
 心配なのは、永井が自身が所属する隊の組長である沖田に殺されてしまわないか。
 沖田が部下である永井を殺してしまわないかが心配だったのだ。