想いと共に花と散る

 どちらにせよ、雪達にも先の謎の男にも逃げ道はない。
 一本の糸のような緊張感が張り詰め、息を吐くことすら苦しいものだった。

「予想的中……か」

 背後で刀を構えていた沖田が静かに呟く。
 その言葉の意味を理解しているのは、雪と土方の二人。藤堂には意味どころか声すらも聞こえていない。
 
(本当に、いた……)

 未だこの状況を飲み込めていない雪は、静寂の中で呑気にそんな事を考えた。
 目先の男は、雪達に背を向けたまま首だけで振り返る。右手に握られた刀は、だらりと降りていた。
 彼もまた刀を握る“武士”なのだと、否応にも思い知らされる。

「この場で殺り合うか?」

 低くも弾みのある声で、土方はあえて男に挑発するような物言いをした。
 人は冷静さを欠いた時に本性を露わにするとよく言う。土方は男の正体を引きずり出すために、その判断をしたようだった。
 しかし、男もまた言葉をそのまま鵜呑みにする阿呆ではない。
 土方の分かりやすい挑発にはそうそう乗らず、ただ静かにその場に佇んでいるだけ。

「ここは俺が」

 一向に男が動きを見せないことに痺れを切らした沖田が、最後尾から土方の隣へと躍り出た。
 そのすぐ最後にいた雪にはよく見える。
 沖田の怒りと焦り、殺意が滲んだ鋭い瞳が目先の男を睨めつけている様子が。

「下がれ、総司。てめぇが出ればあいつは死ぬ」
「別にいいでしょう。あれは無差別に人を殺す悪魔ですよ」
「だからだ。ここで殺すわけにはいかねぇ」
 
 この状況下でそんな会話ができるなど、雪には到底理解できなかった。
 まるで目先の男を心配しているような口ぶりだが、本心はその真逆。
 男のことなど心配する対象でもない。
 ただ、ここで殺すと今後の操作に支障をきたすから土方は沖田を止めるのだ。

「そこの人を解放しろ」

 静かに発された土方の声で、男はようやく身体ごと雪達の方に向けた。
 素顔を確認しようと目を凝らすが、まるで見せられないとでも言うようにモヤが掛かっている。

「……ご自由に」

 そう呟いたかと思えば、男は足元に蹲っていた町人の着物を掴む。
 乱暴に掴み上げると、そのまま土方の足元へと放り投げた。

「うぐっ……うぅ………」

 どしゃっと音を立てて地面に伏せた町人にすかさず雪が駆け寄る。
 傷つけないように優しく抱き上げると、背中に刀傷を負っていたのは年若い女であった。
 二人を庇うように刀を握る三人が前に立ち塞がる。次の瞬間には鋭い殺気が辺りに張り詰めた。