想いと共に花と散る

 その夜、屯所は異様な熱気に包まれていた。
 離れに据えられた酒樽は幾つも空き、畳には無造作に盃が転がっている。
 芹沢一派の笑い声はやけに大きく、壁に反響して夜の闇に溶けきれずに残っていた。

「飲め飲めぇ! 今日くらい、細けぇことは忘れろ!」

 芹沢鴨は上座に陣取り、酒を煽りながら豪快に笑う。
 その笑いはいつもと変わらない。乱暴で、周囲を威圧するようなもの。
 しかし――。

(……少し、違う)

 雪は離れの外、障子越しにその様子を見ていた。
 手にした盆の上には、追加の酒と肴。運べと命じられたが、何故か部屋の前に立った途端足が止まった。
 芹沢の目が、時折宙を彷徨う。誰かを探すでもなく、何かを確かめるように。
 その一瞬の変化が雪には異質に見えた。

(芹沢さんだけじゃない。………土方さんも、今日は何だか変だ)

 障子の向こうにいる土方は、一切酒に手を付けず傍らに置いたままだった。
 腕を組み、鋭い目で芹沢を見据える。今にもその眼光で射殺さんばかりの鋭さだ。
 土方だけではない。芹沢の隣りに座っている近藤も、一見普段通りの穏やかな表情を保っているようだが、口数は少ない。
 山南は静かに盃を置き、何度も視線を伏せていた。
 沖田も、永倉も、原田も、藤堂も、皆笑ってはいるが、何処か作られたような笑顔を浮かべる。

「変だなぁ……」

 宴は賑やかだ。しかし、思わずそう呟いてしまうほど、この宴は“変”だ。
 笑い声に満ちる離れの中で、宴を心から楽しんでいるものは誰もいない。

「坊、突っ立ってねぇで入れ」

 不意に、芹沢の声が飛ぶ。
 雪ははっとして障子を開け、頭を下げた。顔を赤らめた芹沢の姿が目に入り、咄嗟に顔を背ける。

「失礼します……」

 騒がしい離れの中へと入り、盃を配りながら雪は芹沢の傍を通る。
 その瞬間、芹沢に着物の袖を掴まれた。

「……っ」

 突然のことに雪の身体は強く強張る。一瞬で身体中が本能的な恐怖に支配された。
 芹沢は雪の怯える姿を見ても調子は崩さない。
 振り返ることができず固まる雪を見上げる芹沢は、ただ淡々とした声音で問い掛けた。

「酒は、嫌いか」

 重くも抑揚のない低い声だった。酔っているはずなのに、やけに静かである。
 その声を聞いて命の危険はないと本能が判断し、雪はゆっくりと振り返りながら答える。

「……飲めません」
「そうか」

 芹沢はそれ以上何も言わず、手を離した。その指先が、ほんの一瞬だけ震えていたことに雪は気づく。
 けれど何をするでもなく、雪はそのまま他の隊士の元へと向かった。
 その夜、芹沢はよく笑いよく飲んだ。いつも以上に騒ぎ、そしていつも以上に荒れていた。

 ――まるで、最後に全部吐き出すかのように。