想いと共に花と散る

 後に、雪は新見錦は局中法度に違反し切腹させられたと風の噂で知る。
 同じ屋根の下で暮らしていれば、嫌でも耳に入る噂の力は凄まじいもの。
 そして何よりも恐ろしいのは、こんなにも早く局中法度に乗っ取り、罰される者が出たということだった。

『今の話、お前も例外じゃねぇからな』

 いつかの土方の言葉が脳裏に蘇る。あの時は表面上の意味でしか理解していなかったが、今ではその真意すらも読み取れた。
 掟に背くのであればお前であっても罰する、土方はそう意図して言ったのだ。

(……それは、私を仲間だと思ってのこと………?)

 あまりにも都合のいい解釈な気もするが、裏返せばそうとも取れる言葉だった。
 隊士として対等に見ているからこそ、違反すれば相応の処罰がなされる。
 行く宛がなく、匿われた頃の自分とは、立場が大きく変わっていた。

「おい、坊」

 不意に呼び止められて、雪は廊下の真ん中で足を止める。
 振り返ると、そこにいたのは芹沢だった。珍しく、酒の匂いは薄い。

「……確か名前は、雪だったな」
「はい。何か用ですか?」

 過去に芹沢には乱暴な扱いをされた。それ以来、土方には近づくなと言われていたため、好んで関わることはなかった。
 にも関わらず、今日に限って向こうから話し掛けてくるなど、ツイていないにもほどがある。
 また前のように髪を掴まれるのだろうか、そう身構えるが、目の前の芹沢は特にそういった様子を見せない。
 酒を飲んでいないからか、やけに落ち着いていた。

「ここはどうだ」

 唐突すぎる問いに、雪は呆気に取られる。ぽかんと頭の上に疑問符が浮かんだ。

「……怖いです」

 主に貴方が、そう言い掛けて慌てて言葉を飲み込む。
 考えた末に出てきた言葉は、誰にも吐き出せなくなった本心だった。

「でも……皆、優しいです」

 皆は優しい。自分に優しくしてくれる。だからこそ、心の奥深くにある本心を曝け出せ無くなってしまった。
 そんな言葉にはしない本心を垣間見た芹沢は一瞬、何かを考えるように目を伏せた。
 それから目を開け、雪を見てふっと笑う。

「そうか。なら、いい」

 それだけを言って、芹沢は雪の横を通り過ぎた。普段は酒の匂いに包まれている間で知りもしなかったが、この男からは焚き付けた香のような匂いがする。
 それが誰も知ろうとしなかった芹沢鴨という男の隠れた一面であったのかは分からない。
 すれ違い様、雪の頭上に低く呟く声が落ちた。

「……優しい連中ほど、血を見る」

 去りゆく芹沢の背中を見つめながら、雪はぎゅっと袴を握った。