想いと共に花と散る

 昼過ぎ。奥の部屋の前を通った時、障子の向こうから重い沈黙と、人の気配だけが伝わってきた。 
 その部屋は、芹沢一派と呼ばれる面々が使用している部屋。普段であれば、この時間帯は酒焼けた芹沢達の騒がしい声が聞こえてくる。
 しかし、今は異様なほど静まり返っていた。酒の匂いも、笑い声もない。

(……誰か、いなくなった?)

 そう思ってしまうほど、部屋から漂う空気は異様だ。普段の騒がしさが消えた時、何か良からぬことが起きると本能は知っている。
 だが、この場にその答えを教えてくれる者は誰もいない。
 一時にしてしまえば、自分自身でその答えを探さない限り何も得られないのだ。
 気付いてしまった雪は、その場から動けなくなる。胸が苦しくて、息が浅くなった。

(……何が、起きてるの)

 やがて、障子が静かに開き中から誰かが出てくる。雪は慌てて物陰に隠れ、静かに様子を伺った。
 中から出てきたのは土方一人。商事はすぐに閉められてしまい、中は伺い知れなかった。
 土方の顔色は変わらない。けれど、その背中はいつもよりずっと重く見えた。
 何か声を掛けるべきかと考えたが、一瞬だけ向けられた土方の視線に止められる。
 まるで―――

「こっち側には来るな―――……」

 そう言われたような気がしたから。
 土方はすぐに視線を逸らし、雪がいる方向とは反対に去っていく。 
 去りゆく後ろ姿を見つめながら、雪はただ、何もできないやるせなさに奥歯を噛み締めた。







 その日の夕方。
 屯所から一人の隊士の名が、消えた。

 ――新見錦。

 理由も、経緯も、説明はなかった。ただ、皆がそれを“当然”のことのように受け入れている。
 雪だけが分からないまま、その空気の中に取り残されていた。

(……組織って、こうやって、人を切り捨てるんだ)

 恐怖ではない。けれど、確実に何かが壊れ、何かが始まったと――雪は言葉にできないまま感じていた。
 この日を境に、新撰組はもう“戻れない場所”へ足を踏み入れたのだと。