想いと共に花と散る

 日が頭の真上まで登り始めた頃、雪は縁側に座ってぼんやりと庭を眺めていた。
 庭では、沖田達が木刀を握って素振りをしている。何気ない、普段通りの彼らの日常がそこにはあった。

「八◯五! 八◯六!」

 振り上げる角度までピッタリと揃うその姿は圧巻だ。掛け声と共に、雪はその迫力に飲まれていく。
 気付いた頃には、今朝方感じた不安など忘れ去っていた。

「きゅーけーい!」
「お疲れ様。すごいね、皆。あんなに振り続けられるなんて」

 自分だったら十回が限界だろう。そんな稽古を毎日とは、彼らを改めて尊敬する雪である。

「どう、落ち着いた?」
「え?」

 肩に掛けた手拭いで頬を伝う汗を拭いながら、沖田は雪の隣りに座って問うた。
 言葉の意味が理解できなかった雪は返答もできず固まる。
 沖田はそんな雪を責めることもなく、普段の微笑みを向けていた。

「朝から雪の元気がないって一が言うからさ。平助に協力してもらったんだよ、雪を元気にしようって」
「斎藤さんが? 平助君まで……」
「一って、普段は寡黙であんなだけど、意外と他人の変化には鋭いんだ。何か感じ取ったんだろうねぇ」

 もしや、斎藤が朝厨に顔を出したのは、雪の身を案じてのことだったのか。
 思いがけない話を聞かされた雪は、庭で藤堂達と話し込む斎藤を見た。
 常に無表情で何を考えているのか分からない、馴れ合うことを嫌っているようで案外乗ってくる。正直言って、どういう人間なのか把握しきれていない部分のほうが多い男だ。

「雪だけじゃないよ。俺だって、今日が変な日だってことくらい感じてる」

 壬生浪士組から新撰組と名を変えた日、局中法度が発布された日。組織としての意識が皆の中で形作られてから、何かが確実に変わっていた。

「土方さん達が朝来なかったのって……」

 ずっと感じていた違和感は、雪だけのものではなかった。
 確信めいた雪の呟きは、隣りに座っている沖田に届いたのだろうか。何も言わず、ただ前を見据える彼の目には、微かな迷いが滲む。

「戻れない所まで来たんだ、俺達は。戻っちゃ、いけないんだ……」

 何かを訴えるような、何かに言い聞かせるようなその呟きは、呪文のようにすら聞こえた。
 立ち上がった沖田が皆の元へ向かうまで、雪はただ、脳裏でそのつぶやきを反芻するしかできずにいた。