想いと共に花と散る

 それは、積もりに積もったものが、ついに限界を越えた結果だった。
 昼間から酒の匂いが屯所に漂うようになったのは、いつからだっただろう。
 障子越しに聞こえる下卑た笑い声。乱暴な足音。盃を打ち鳴らす音。
 芹沢一派の部屋の前を通るたび、雪は自然と歩調を早めるようになっていた。

「……京は俺達が守ってやってんだ」
「会津の名を背負ってるってのに、安く見られちゃ堪らねぇなぁ」

 障子の向こうから漏れてきた声に、雪は思わず立ち止まる。
 誰かが、昔の武勇伝を語っているらしい。
 “大阪”という地名が聞こえた気がして、胸がざわついた。

(……何の話だろう)

 斎藤に聞かされた、雪が壬生浪士組に来る前の大事件が脳裏を過る。
 今、この部屋の中にいる男は、大阪で力士を殺し、大和屋という建物に火をつけた。
 罰されることもなく、今ものうのうと盃を仰ぐような男だ。
 けれど、踏み込んではいけない気がして、雪は何も聞かなかったふりをしてその場を離れた。







 その夜。
 近藤と土方は、薄暗い部屋の中で向かい合っていた。
 部屋の中にあるのは、冷めた茶と、重すぎる沈黙だけ。それ以外は宵闇に包まれている。

「……限界だな」

 最初に口を開いたのは、土方だった。抑えた声だが、その奥には怒りが沈殿している。

「大阪での件だけじゃねぇ。京に戻ってからも、市中での乱暴、恐喝……このままじゃ、俺達が“守る側”だってこと自体が笑い話になる」

 近藤は何も言わず、ただ目を伏せていた。その反面、土方は怒りに顔を歪ませ、今にもその怒りを爆発させんばかりであった。
 それに気付いてもなお、近藤は落ち着きを繕っている。
 芹沢鴨という男が、どれほど危うい存在か――誰よりも分かっているからこそ。

「……だが、いきなり芹沢を斬るわけにはいかん」

 局長としての責任を全面に出し、近藤は土方の目を見つめる。
 しばし見つめ合った後、土方は小さくも確かに頷いた。

「だからだ。まずは、法で切る。局中法度は、そのためにあんだからな」

 近藤の指が、畳の上で僅かに震えた。
 視線が土方の目からから足元へと落ちる。一度目を閉じ逡巡した後、ゆっくりと目を開けた。

「……新見か」

 その名を口にした瞬間、空気がさらに重くなる。
 近藤の言葉に土方は静かに頷いた。言葉にせずとも同じ考えを持っていたことに、微かな安心を抱いたのは言わずとも知れたこと。
 しかし、安心している暇はない。

「芹沢の右腕だ。罪状も揃ってる。逃げ場はねぇ」

 それは処罰であり、警告であり――……そして、後戻りできない一歩だった。