想いと共に花と散る

 空は晴れていた。だからこそ、余計に違和感が際立つ。
 庭の中央に、近藤と土方、そして山南が並ぶ。三人の表情は固く、隊士達も只事ではないとすぐに感じ取った。

「……本日より」

 全員の視線を受ける近藤が口を開いた。
 誰かの喉が鳴り、庭には得も言われぬ緊張感が漂う。

「新撰組は、局中法度を定める」

 一瞬、その言葉の意味を理解できず沈黙が流れた。
 しかし、すぐに次の瞬間、ざわめきが起こる。

「法度?」
「掟ってことか?」
「今さら?」

 戸惑いを隠せない隊士達の呆気に取られた声があちらこちらから聞こえてくる。
 互いに顔を見合わせて首を傾げる隊士達、そんな彼らの中心で近藤達三人は苦々しい表情を浮かべていた。
 そんな緊張感が漂う中、芹沢一派の方から鼻で笑う声が聞こえた。

「面白ぇこと言うじゃねぇか」
「俺達を縛る気かよ」

 野次であることは誰にだって分かっていた。だから、土方は一切取り合わない。
 代わりに一歩前に出た山南が、手に持っていた巻物を広げる。

「――一、士道に背く間、切腹
 一、局を脱走するを許さず
 一、勝手に金策をするを禁ず
 一、私闘を禁ず
 一、隊の和を乱す者、これを許さず」

 読み上げられるたび、空気が冷えていった。
 冗談じゃない。脅しでもない。
 この掟は、本気だ。

「……違反者は、例外なく――……切腹だ」

 その言葉で、庭にいた隊士達は完全に静まり返った。
 誰も笑わない。誰も口を開かない。
 芹沢だけが、縁側ゆっくりと立ち上がる。芹沢の視線の先にいるのは、決して彼を見ようとしない土方だ。

「ほう……」

 土方のすぐ目の前まで近寄った芹沢は、酒臭い息を吐きながらにやりと笑う。

「ずいぶん立派になったものだな、土方」
「……それはどっちだ」
「そんな目で見るなよ。これは俺達を殺すための掟か?」

 一触即発の空気に変わった。雪には到底気づくことのできないものであったが、その場にいた者の顔つきが変わる。
 雪の一番近くにいた沖田がかばうように前に立って初めて、雪はこの空気が殺気であると気付いた。
 だが、そんな空気を遮るように近藤が一歩前に出る。

「これは、誰かを殺すためのものではない。京で生き残るための、最低限の約束だ」

 芹沢は数秒近藤を見つめ、やがて、ふっと笑った。

「……ま、いいさ」

 そう言って再び縁側へと戻り、どかっと音を立てて座った。
 膝に肘を着き、土方達を見る目は一種の演劇を見ているようである。
 心底この状況を楽しんでいるらしい。腹の底が読めない芹沢鴨という男は、雪にはただただ恐ろしい。

「面白ぇ。何処までやれるか、見せてもらおうじゃねぇか」

 その言葉が、逆に恐ろしかった。笑う芹沢と、何も言わない隊士達。
 眼鏡に手を掛けた山南が最後に言う。

「この法度は、本日より有効とします」

 そして、屯所の入口に局中法度が張り出された。墨で書かれた文字。簡潔で、逃げ道のない言葉。
 それを見つめる隊士達の表情は、様々だった。
 納得。覚悟。反発。恐怖。
 雪はそれを見つめて、ただ立ち尽くしていた。

(……もう、戻れない)

 昨日までの“居場所”が、今日からは掟の元にある“組織”に変わった。
 守られる代わりに、縛られる場所へ。
 そして、この掟が誰かの命を奪う日が来ることを、誰もがはっきりと理解していた。