想いと共に花と散る

 屯所の奥、普段は使われていない空き部屋。障子は閉め切られ、昼だというのに室内は薄暗かった。
 畳に向かい合って座るのは二人の男。近藤勇と、土方歳三。
 どちらも口を開かないまま、しばし沈黙が続いていた。両者の視線が交わることはなく、何処を見ているのか自身ですら分からない緊張感が漂う。
 先にそれを破ったのは、土方の方である。

「……もう限界だ」

 低く押し殺した声だが、感情を抑え込もうとして逆に滲み出ている。
 伏せていた目を開けた近藤は、土方から向けられる鋭い眼光に奥歯を噛み締めた。

「大阪での乱闘、大和屋の件。あれだけじゃねぇ。酒、暴言、勝手な処断……」

 節張った土方の指が、畳を強く押す。
 掌から指先へ、その怒りは一本の線となり広がっていく。
 その怒りを足元から感じ取った近藤は、再びゆっくりと目を閉じた。

「このままじゃ、組が潰れる。いや……俺達が、京で“賊”になる」

 近藤は黙って聞いているだけ。否定もしない。だが、すぐには同意もしなかった。

「……芹沢さんは、確かに問題が多い」

 ようやく口を開いた近藤の声は、静かだった。
 その声には怒りの色はない。ただ淡々と、起きてしまった過去を一つの出来事として考えているだけ。

「だが、彼もまたこの組の局長だ。会津藩から見れば、我々はまだ“預かりもの”にすぎない」
「分かってる」

 土方は、ゆったりと紡がれた近藤の言葉に即座に返す。
 返答には、決意と覚悟が滲んでいた。
 顔を上げた土方の目には鋭い光が宿される。決断という、鬼としての光が。

「だからこそだ。今、内側から締めねぇと、外から斬られる」

 言葉が、刃のように鋭く突き刺さる。
 刀を握るから、人を斬るから、それだけでは決して得られない覚悟だ。
 土方歳三という男が生まれながらに持っていた鬼の一面が、この時垣間見えた気がした。
 畳に手を着き、身を乗り出して土方は訴える。

「近藤さん。人を縛る掟が必要だ」
「……掟、か」

 近藤は視線を落とす。畳の上に落ちた視線は、微かな迷いに揺れ動いた。

「しかし、我々は剣の腕や志だけで集まった連中だ。縛れば、反発も出るだろう」
「出るに決まってる」

 即答しながら、土方は苦く笑った。
 想像通りの返答に終わるほど、この鬼は落ちぶれてはいない。
 むしろその答えを待っていたとも言いたげに、土方は言葉を続ける。

「だが、縛らなきゃもっと血が流れる。芹沢のやり方を“許されるもの”だと思わせたままじゃ、誰も止まらなくなるぜ」

 近藤は目を閉じ、深く息を吐いた。
 局長としての責任、そして一人の人間としての尊厳を問われているのだと近藤は考えた。

「……お前は、何処まで考えている」

 その問いに、土方は一瞬だけ言葉を詰まらせる。
 けれど、それ以上のことを事前に考えているのが土方という男。
 もう一度近藤へと視線を向けた土方は、決して引き下がるような姿勢は見せない。

「命を賭けさせる覚悟だ」