色褪せた襟巻きを四六時中身につけている斎藤は、物静かな性格からあまり周りと馴れ合おうとしない。
それでも先日の眠った土方を沖田と運ぶ時の様子を見ている限り、意外とノリはいい方らしいが。
「以前、副長に盗み聞きをして叱られたのではなかったか」
「えっ……聞いていたんですか?」
「あんなに騒がしい部屋で落ち着いて寝られるものか。起きていれば、嫌でも聞こえた」
壬生浪士組が新撰組と名を変えた日の夜、ちょうどこの場所で雪は近藤と土方と夜空の下で語らった。
何気ない日常に生まれた不安、初めて他者に打ち明けた自身の過去。この場所は、ずっと隠していた自分自身を仲間に曝け出した場所でもあった。
「……何も、聞いていて気分のいい話は聞こえてこないだろう」
「ずっと、物騒な話ばかりが聞こえました。血とか、火とか……昼間からするような話じゃないと思います」
膝を抱えて顔を埋めた雪は、無理矢理に押し殺した声を出す。こうでもしないと、湧き上がる怒りに任せて思っても見ないことを口走りそうだった。
しばしの沈黙の後、耳元で布が擦れ合う音が鳴る。
顔を上げて隣を見ると、斎藤が同じ様に壁に背を預けて座り込んだ。変わらず、何を考えているのか分からない人だ。
「雪は、ここへ来たばかりだから知らないのだろう」
────芹沢鴨という男が、過去に起こした大事件を。
斎藤はそう前置きをして語り始める。雪の知らない、壬生浪士組に入る前の大事件について。
縁側に座る斎藤は、雲に覆われた曇天を見上げ、ぽつりぽつりと話す。
「……大阪でのことだ」
一つ目の大事件は、芹沢鴨の横暴さを大きく知らしめるきっかけとなった事件。
「酒の席だった。向こうは力士、数も体格も揃っていた」
俗に言う、大阪力士乱闘事件という大事件が起こった。
斎藤は淡々とした声で続ける。まるで他人事のように語られるのに、内容だけが異様だった。
「最初は口論だ。話し合いで解決できれば良かったのだが、あの男は決して引き下がろうとはしなかった。引く理由が、あの男にはないからな」
斎藤の指先が、膝の上で僅かに動く。それだけで、この男もその場に居合わせたのだと察してしまえた。
あと一歩早くこの時代に来ていれば、雪もその事件の中心にいたかもしれない。
実際は自分の知らないところで起こった事件ではあるが、今もこの屋敷にいる人間が関わっていることは現実であった。
「刃を抜いたのは、芹沢だ。それを見て、他も続いた」
「……力士、さん達は……?」
雪の問いに、斎藤はすぐには答えなかった。
聞かずとも知れていること、それでも聞かずにはいられない。斎藤は、そんな雪の本心を見透かしていた。
「死者が出た。全員ではないが……重傷者も多い」
斎藤の口から語られるのは、あくまでも事実だけ。
誰が悪いかも、正当化もない。だからこそ、真っ直ぐとありのまま過去の惨劇は雪の心に重く伸し掛かる。
分かりやすく怯える雪を横目に、斎藤は一際声を落として続けた。
「問題は、その後だ」
斎藤はようやく雪の方へ視線を向けた。光のないその目は、一体どれだけ人の血を見てきたのだろうか。
異様なまでに据わったその目に見つめられるだけで、雪は生きをすることすら忘れそうであった。
「芹沢は、咎められなかった。会津藩の名を盾にしたんだ、あの男は」
それでも先日の眠った土方を沖田と運ぶ時の様子を見ている限り、意外とノリはいい方らしいが。
「以前、副長に盗み聞きをして叱られたのではなかったか」
「えっ……聞いていたんですか?」
「あんなに騒がしい部屋で落ち着いて寝られるものか。起きていれば、嫌でも聞こえた」
壬生浪士組が新撰組と名を変えた日の夜、ちょうどこの場所で雪は近藤と土方と夜空の下で語らった。
何気ない日常に生まれた不安、初めて他者に打ち明けた自身の過去。この場所は、ずっと隠していた自分自身を仲間に曝け出した場所でもあった。
「……何も、聞いていて気分のいい話は聞こえてこないだろう」
「ずっと、物騒な話ばかりが聞こえました。血とか、火とか……昼間からするような話じゃないと思います」
膝を抱えて顔を埋めた雪は、無理矢理に押し殺した声を出す。こうでもしないと、湧き上がる怒りに任せて思っても見ないことを口走りそうだった。
しばしの沈黙の後、耳元で布が擦れ合う音が鳴る。
顔を上げて隣を見ると、斎藤が同じ様に壁に背を預けて座り込んだ。変わらず、何を考えているのか分からない人だ。
「雪は、ここへ来たばかりだから知らないのだろう」
────芹沢鴨という男が、過去に起こした大事件を。
斎藤はそう前置きをして語り始める。雪の知らない、壬生浪士組に入る前の大事件について。
縁側に座る斎藤は、雲に覆われた曇天を見上げ、ぽつりぽつりと話す。
「……大阪でのことだ」
一つ目の大事件は、芹沢鴨の横暴さを大きく知らしめるきっかけとなった事件。
「酒の席だった。向こうは力士、数も体格も揃っていた」
俗に言う、大阪力士乱闘事件という大事件が起こった。
斎藤は淡々とした声で続ける。まるで他人事のように語られるのに、内容だけが異様だった。
「最初は口論だ。話し合いで解決できれば良かったのだが、あの男は決して引き下がろうとはしなかった。引く理由が、あの男にはないからな」
斎藤の指先が、膝の上で僅かに動く。それだけで、この男もその場に居合わせたのだと察してしまえた。
あと一歩早くこの時代に来ていれば、雪もその事件の中心にいたかもしれない。
実際は自分の知らないところで起こった事件ではあるが、今もこの屋敷にいる人間が関わっていることは現実であった。
「刃を抜いたのは、芹沢だ。それを見て、他も続いた」
「……力士、さん達は……?」
雪の問いに、斎藤はすぐには答えなかった。
聞かずとも知れていること、それでも聞かずにはいられない。斎藤は、そんな雪の本心を見透かしていた。
「死者が出た。全員ではないが……重傷者も多い」
斎藤の口から語られるのは、あくまでも事実だけ。
誰が悪いかも、正当化もない。だからこそ、真っ直ぐとありのまま過去の惨劇は雪の心に重く伸し掛かる。
分かりやすく怯える雪を横目に、斎藤は一際声を落として続けた。
「問題は、その後だ」
斎藤はようやく雪の方へ視線を向けた。光のないその目は、一体どれだけ人の血を見てきたのだろうか。
異様なまでに据わったその目に見つめられるだけで、雪は生きをすることすら忘れそうであった。
「芹沢は、咎められなかった。会津藩の名を盾にしたんだ、あの男は」



