想いと共に花と散る

 ようやく訪れたと思っていた平穏は、誰かの行動一つでいとも簡単に壊れてしまう。

「酒が足りん! これだから貧乏連中は!」

 屋敷の曲がり角を曲がった時、聞こえてきたのは芹沢の怒号だった。
 一瞬でその場に身体が縛り付けられ、動けなくなるなってしまうほど、芹沢の声は雪の中で恐怖の火種となっていた。
 思い返せば、酔っった芹沢に髪を掴まれたあの日から、知らず知らずの内に関わらないように避けるようになった。
 土方に近寄るなと言われたからでもあるが、何よりその粗暴の悪さに本能が危険だと叫んでいるのだ。

(また昼間から飲んでるよ……。ほんと、いい迷惑………)
 
 芹沢の存在を認識する時は、いつも奥座敷で何人かの隊士と酒盛りをしている時だ。
 副長の新見錦、平隊士の平山五郎、野口健司といった顔ぶれである。

「京の連中ってのは大人しい奴ばっかりだ。ちっと騒げば、すぐに腰を抜かしやがる」

 酒焼けた芹沢の声が奥座敷から離れた位置にいる雪の耳に届く。

「本当ですな! こっちが下手に出ればデケェ態度をとる割に、刀を見せればすぐに怖気づく」
「昔はよ、力任せに突っ込んでくる連中もいたもんだが……ああいうのは、一度血を見せりゃ二度と歯向かわねぇ」 

 昼間からなんて物騒な話をしているのだ、あの人達は。
 今でも市中の見回りに勤しんでいるものや、政府からの書類整理に追われている者が大勢いると言うのに。

(いいご身分……。腹立つなぁ……)

 近藤や土方達の前では大人しい従順な小姓でいるが、実際の雪は反抗的な性格の持ち主。
 元いた時代では、その反抗的な正確が仇となって友達なんて一人もできなかった。
 相手が人斬り集団であるから本能的に従うことを選んだからなのだろうか。それとも、彼らは雪の中で何か特別な存在だからか。
 理由はともあれ、ここへ来てからというもの、久方ぶりに腹の底からの怒りを感じた。

「建物なんざ、火をつけりゃ一晩で終いだ。人も同じだろ?」
「いやはや、あの時は壮観でしたな。轟々と燃え上がるさまは、誰が見ても怖気づいたでしょうって!」
 
 また話の内容が変わった。相当飲んでいるのか、複数聞こえる話し声はどれも異様なまでに弾んでいる。
 何も楽しげに語らう内容ではないだろうに、おかしな連中だ。

「そこで何をしている」
「うわあ!」

 曲がり角に座り込んで盗み聞きをする雪の元に近づく人影は、感情を感じさせない声を上げた。

「さ、斎藤さん……」

 未だどういう人物なのか掴めないでいる男がすぐ傍に立っていた。
 最後に関わったのは、縁側で眠ってしまった土方を離れへと移動させたあの時。それ以来、今まで一度も話したことはなかった。