想いと共に花と散る

 その日の夜は、何とも静かな夜であった。
 朝の賑やかな空気はない、日中の瞬く間に流れる日常も今は鳴りを潜めている。
 雪は皆が寝静まった離れの隅で膝を抱えた。
 会津藩邸から帰ってきた三人からとんでもないことを聞かされたのに、その後は何もなかったように普段の日常を送った一同。
 もう壬生浪氏組とは名乗らず、これからは新撰組としてより厳しい規律を守らなくてはならない。
 それなのに、こうして何事もなく眠れる彼らが少しばかり羨ましかった。

(……戻れなくなったんだ。もう、戻れないんだ)

 未来を知っている雪にとって、彼らが正式に会津藩預かりの新撰組になるというのは正しい歴史を辿っている証拠である。
 政府に認められたのは皆にとって喜ばしいことで、もちろん雪も祝福しようと思っている。
 それでも、少し寂しく思ってしまうのは雪だけではないだろう。何故なら、もうもどれないのだ。壬生浪士組という、仮の名の場所には。
 
「雪……。寝れないの?」
「……うん。少し、外の空気を吸ってくる」

 眠気眼を向ける沖田に短く告げ、雪は離れを出る。
 ひんやりとした夜風が頬を撫でた。一歩踏み出して空を見上げると、欠けた月が浮かんでいる。

「………トシ」

 縁側の先から誰かの声が聞こえた。眠れず、雪と同じ様に夜風で涼んでいる人がいるらしい。
 雪は極力物音を立てないように慎重に進み、物陰に隠れてその声の主を探した。

「君は、どう思うだろうか」

 声の主は近藤であった。彼は縁側に座って足元に視線を落とし、やけに押し殺した声を出した。
 そしてその横には、柱にもたれかかり夜空を見上げる土方がいる。
 
「またそれか、勝っちゃん」

 勝っちゃん……? 勝っちゃんって誰だろう。
 屯所に勝の字が入った名前の人は一人もいないけれど……。

「そうだな、こんなことを聞くのは二回目か……」

 土方の言葉に続いて答えたのは近藤その人である。土方が「勝っちゃん」と呼ぶのは、近藤であるらしい。

「……俺は、ついにここまで来ちまったんだなって思うぜ。その上で、こんなんで終わってたまるかとも思ってるさ」

 決して雪の前でも、他の隊士の前でも見せることのなかった土方の砕けた微笑みと態度。
 二人がどれだけの時間をともにしているのか雪は何一つとして知らない。互いをあだ名で呼び合う中であったことが驚きなくらいだ。